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【にっぽん旅の文化史】《日本初の海外観光旅行》

 明治41年(1908)、民間初の海外観光旅行の団体が世界一周ツアーとして実施された。朝日新聞社の企画で、旅行主催はイギリスのトマスクックトラベル社だった。このブログでも取り上げたが、参加者56名、現代の貨幣価値で1千万円以上の旅行代金が必要だった。

コースは横浜から客船で太平洋を渡り、ハワイに寄港しサンフランシスコへ。列車でアメリカ大陸を横断し、シカゴ、ボストン、ワシントン、ニューヨークを訪れる。さらに船で大西洋を行き、イギリスのリバプールに上陸後、ロンドンに滞在。ドーバー海峡を船で渡り、フランスはパリへ。その後、列車でイタリア・ジェノバ、ローマ、ナポリ、ベニス、ミラノと移動。続いてスイス・コモ湖からルガノ、ルツエルン、バーゼルへ。そしてドイツ・フランクフルト、ベルリンを経て、ロシア・ペテルブルグ、モスクワ、ウラジオストックと列車の旅だ。ウラジオからは日本海を渡り、福井県敦賀に帰国した。

 旅行期間は96日間だが、航空機(旅客機)のない船旅の時代、ほとんどが船中泊や列車内の車中泊でホテルには46泊しかしていないそうだ。「移動」の旅である。

このツアーについては、2冊の研究書が上梓されている。一つは、初めての海外旅行が朝日新聞というメディアがつくり出したイベントとしてとらえた『海外観光旅行の誕生』(有山輝雄著、吉川弘文館「歴史文化ライブラリー134」2002年)である。新聞社の大命題は、読者を増やし販売部数を伸ばすことにある。アイデアを駆使して「世界一周ツアー」を企画し、募集し催行する。民間外交として中流・上流の日本人を世界へ旅立たせ、旅行中の様子をニュースとして記事にする。「世界一周旅行が社会的・文化的な意味をもっていることを説明する物語が必要なのである。そうした物語が、共有されることによって世界一周旅行は、社会的・文化的事件となり、多くの読者が共感的関心をもって読むニュースとなるのである。」

著者はジャーナリズム論やメディア論の専門家であるため、海外旅行の成立や創生期の歴史については詳しく論じられている。しかし「旅行」、「ツーリズム」の観点、つまり実際のツアーの内容や参加者の視点など、読者が知りたいと思う点については、残念ながら記述が少ない。

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もう一冊は、『日本初の海外観光旅行―九六日間世界一周―』(小林健著、春風社2009年)である。こちらは専門のツーリズムの立場から細部にこだわり、ツアーの実態を克明に解き明かすことを目的とし、旅行中の詳しい日程にまで言及している。出発前、この募集旅行が新聞紙上で発表される前後の事情も丁寧に取材する。出発後も毎日の旅程について、新聞記事を中心に参加者の残した日記・旅行記あるいは現地の新聞ニュースなどで周辺を固め、旅行の追体験を可能にしている。わくわくするような内容だ。しかも帰国後の参加者の行く末をも記述し、この大イベントの意味を明らかにしていく。

ただ残念なのは、海外旅行の三大要素(ホテル、食事、観光もしくはショッピング)についての記載が少ないことだ。100年前のツアーで宿泊した「ホテル」についての記述はあるものの、現代、営業を続けているかどうかではなく、どんなホテルで一行は、どのようなホテルライフを送ったのか。また各地の日本大使館や領事館、在留邦人主催による晩さん会が多かったようだが、100年前の旅行者は、どのような昼食をとり、欧米の夕食の人気はどうであったか。また有名な観光地でツアー参加者は、みやげとして何を買ったのか。このあたりにも詳細な記述があれば、もっと楽しく読めると思う。

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