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江戸時代、ベトナムから日本へ象がやってきた《中野で飼われていたゾウ》

 先日、ブログの取材で「中野区立歴史民俗資料館」へ行ってきた。江戸時代の旅日記を読んでいて、中野区や杉並区、練馬区、新宿区などの寺社が紹介されているので、実際に歩いて調べている。

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 歴史民俗資料館に展示されているのだが、中野の名刹「宝仙寺」には、ゾウをかたどった装飾品や木彫りが伝わっている。実は、享保13年(1728)、中国人貿易商が、いまのベトナムからゾウを二頭運んできた。徳川将軍・吉宗が中国人に命じて輸入した説もあるが、将軍に献上するために連れてきたらしい。長崎に着いた象だが、残念ながら船旅の疲れか、一頭はまもなく死んでしまう。

 長崎から京都を経て、江戸まで約2カ月のゾウの旅が始まる。京都では、時の中御門(なかみかど)天皇や霊元法王に前足を膝間づいて謁見。感激した天皇、法王は賛辞の和歌を残している。さて江戸城で吉宗にも拝謁する。しばらく幕府は、(なんと従四位広南白象と名付けられ位をいただいた)このゾウを特別に浜御殿(現在の浜離宮)で飼うことにした。大名や江戸の町民たちが見物し、瓦版にも紹介されたそうだ。

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 その後、どんないきさつがあったのか、14年後の寛保元年(1742)、中野村の農民源助にゾウは払い下げられる。おそらくゾウ1日の食料が、菜っ葉200欣、笹の葉150欣、青草100欣、芭蕉(バナナ)2株、米8升、湯水2斗、あんなし饅頭50個のため、経費がかかりすぎたのだろう。(もっと量の多い記録もある)

 ちなみに現代の動物園では、ソウのエサは、人参10Kg、食パン0.6kg、玉葱1kg、       青草100kg、稲ワラ25kg、牧乾草10kg、草食用固形飼料2kg、水:鼻で一度に5~8ℓ吸い上げ口の中へ入れ飲むそうだ。

 中野村の源助さん、もちろんひともうけをしようと考え、中野にゾウ小屋を建て、入場料をとって庶民に見物させた。記念グッズやゾウだんご、ゾウ餅も売り出したようだ。

この小屋は「象厩(きさや)」と呼ばれた。ゾウの古い呼び名は「きさ」であり、ゾウの「うまや」という意味。しかし、運が悪かったのか、ストレスなのか、このゾウは1年後に死んでしまう。幕府はこのゾウの皮を召し上げ、源助には、牙(きば)やゾウの鼻の皮を渡したそうだ。その後、これらの牙や一部の皮は中野の宝仙寺に上納された。

○時しあれば ひとの国なる けだものも けふ九重に みるがうれしき(中御門天皇)

※資料『地域教材情報』№22中野区立歴史民俗資料館、写真:たろべえ

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(中野区本町2-32 朝日が丘児童館:象小屋跡地)

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コメント

 2009年12月にマクドナルドの件でコメントさせていただいてから、貴ブログをいつも楽しく拝読・拝見させていただいております。             享保の象の末路に関する今回の貴殿ブログで中野区立歴史民俗資料館に関係品物が展示されていることを初めて知りました。ありがとうございました。
 唐船で長崎に二頭の象が陸揚げされた後に、牝象が急死してしまったので、残った牡象が長崎から江戸まで陸路でやってきたようですね。 
 1992年5月15日に新潮社より発行の石坂昌三(イシザカ ショウゾウ)氏の『象の旅 長崎から江戸へ』を本棚の中から探し出し、もう一度読み返したてみたいと思っております。読売新聞の1992年6月1日の『本と人』の紹介欄に、「薄幸の象に悲憤の涙」と題して、「享保十四年、一頭の象が長崎から江戸まで旅をした。ざっと三百五十四里(約1400キロ)。七十四日かけて、長崎街道~山陽道~東海道を歩んだ足跡とその時代の沿道の様子を丹念にたどった紀行文でもあり、ルポルタージュでもある」と石坂氏の写真入りで紹介されています。

投稿: 稲上 護 | 2010年5月14日 (金) 13時29分

稲上さん コメント感謝します。

『象の旅 長崎から江戸へ』、さっそく読んでみます。また中野区立歴史民俗資料館は、学芸員の方が大変親切で、象のことを訊きにいくと、たくさんの資料を紹介していただきました。コピー(有料)もしていただけます。

投稿: もりたたろべえ | 2010年5月16日 (日) 23時20分

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