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【江戸時代の寺社めぐり】村尾嘉陵《江戸近郊道しるべ》を歩く「谷原村長命寺道くさ」その2

 嘉陵(かりょう)は、長命寺(ちょうめいじ)の裏門に着いたと書いている。正確には「東門」である。笹目通り沿いにあり、入口から約70、80mの参道が続く。江戸の石仏や石碑が並ぶ。

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 いにしへは寺内大木生しげりて、昼も小ぐらく、じめじめしきまで也しを、住持の僧、いつの比にや、みな伐てうりしより、今はさせる大木なしと云り。この山の北の方林あり、はつ茸を生ずといへども、公の人の外とる事をゆるさず、番人ありて、もし犯すものは捕(とらふ)と云。貫井、谷原とも、林木の間しめじ茸を生と云ども、この比(ごろ)雨ふる事たへてなければ、なべて茸類生せず。

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■昔は(長命寺の)境内も大木が生い茂り、陽があたらないため、昼なお暗くじめじめしていたそうだ。しかし当時の住職が、いつのことか、(それらの大木を)伐採して売り払ってしまったために、いまはそれほど高い木々はない。長命寺の北に林があり、はつたけが生えているが、決められた人しか採れない。そのきのこ山には、番人がいて勝手に「はつたけ」を採ろうものなら、捕まってしまう。また近頃は、貫井村、谷原村では「しめじ」も採れるはずだが、このところ雨が降らず、きのこの生息状況はよくない。

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真偽のほどはわからないが、当時のご住職が大木を切って売ってしまった話は、なんとなく愉快だ。ところで「はつたけ」は、味噌汁に入れて食べるとうまい。いまでは珍しい食材。さてさて嘉陵は、長命寺でいくつか句を残している。

 たちどまり おくるゝ人をまちつけて くぬ木がもとに しばしやすらふ

■この日、嘉陵は同僚の武士一行5名ででかけたが、立ち止まって遅れて来る人を待ちながら(来ぬとくぬを掛けて)クヌギの下で、しばし休憩。

 吹くかぜに 片山ばたの落ぐりを ふたつみつよつ ひろひてぞ行く

■吹く風で栗の実が、山沿いの道に落ちている。ふたつ、みっつ、よっつと拾って行くのも風流なことだ。

  さらに、あたりは静かで「とび、からす、すずめなど」すべての鳥の声もきこえない。ただ百舌(もず)が鳴くのが聞え、「くつくつぼうし(蝉ツクツクボウシ)」が、いまだに鳴いているのも実に風流である。と、述べてから詠む。

秋かぜの 寒くもふくか入り日さす もりの木だちに 百舌のなく声

それから当時は長命寺境内にあった三社(皇太神宮:天照大神、八幡神社:応神天皇、春日神社:アメノコヤネノミコト)におまいりして、

やはらぐる ひかりは世々(よよ)に 高野山 あまくだります 三のみづ垣

    やわらかい(地名の谷原)光明は、過去・現在・未来にわたり、いつまでも高野山から、三社を照らしている。なんと尊いことか。

    三社は、明治の神仏分離によって「谷原氷川神社:練馬区高野台1-16」に合祀されている。長命寺からほんの100mほどの距離にある

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ふたつなき(不二)こゝろに仰ぐ 高野山 あづまも紀路も なにへだつべき

    何の疑いもない素直な心で、おまいりすれば不二(富士山)と高野山も、 

関東と紀州(和歌山)も、東高野山・長命寺と本家・高野山も何が違うというのか。おこころ次第で同じ功徳が受けられる。

うつすとは おもはざるらし 高のやま のり(法)のながれは おなじ玉川

    紀州の高野山をこの地に移したかのように東高野山・長命寺も 仏法の心理は同じである。

 

長命寺のご本尊、十一面観音は奈良の長谷寺(初瀬)を範としているときいて、

秋はやゝ はつせといへど 松にはふ つたのもみぢば 猶さかりなり

■秋はまだはじまりだが、松がにおい ツタのもみじの葉はいまが盛り。

またいつか 此山ざとに ふりはへて 落葉がくれの 茸つみなゝむ

■またいつの日か、この山里に戻り 落ち葉に隠れたキノコを摘むことにしよう。

さかづきを 浮かぶばかりの この水も ながれてすへは 滝の川浪

    杯(さかずき)が浮かぶほど豊かな水の流れも末は、王子の滝野川に注ぐ。

夕ぐれに かへる男がひく馬の くつくつぼうし※ 声よはる也

 ■(※ツクツクボウシの古名。その鳴き声による語。〈和名抄〉《 秋》)

 夕暮れに江戸から戻ってくる男が馬をひく情景。ツクツクボウシの鳴き声も弱々しい。

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☆長命寺(東高野山 妙楽院長命寺:真言宗豊山派、東京都練馬区高野台3-10-3)

 江戸時代には、御府内八十八箇所霊場の17番札所として人気を博した寺である。境内には江戸期の石仏が多数並ぶ。紀州の高野山を模した「奥の院」への参道、苔むした石橋や石塔など、さすがに名刹である。なお、訪れたときの境内では、満開の桜を背にしたお大師様(弘法大師立像)に、静かに迎えていただいた。合掌。

 西武池袋線「練馬高野台駅」下車5分。順天堂大学附属練馬病院の裏手にあたる。(イラスト:江戸名所図会より)

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