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【江戸時代の寺社めぐり】村尾嘉陵《江戸近郊道しるべ》を歩く 『石神井の道くさ』

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 村尾嘉陵(むらおかりょう)は、文政五年(1822)旧暦の9月11日、現在の東京都練馬区にある石神井村の弁財天(石神井公園内、練馬区石神井台1丁目)におまいりする。コースは、おそらく日本橋浜町の自宅を出て、椎名町(豊島区南長崎)を過ぎ江古田村(中野区江古田)から石神井村へ入る。

 途中、江古田村の豆腐屋(田中屋長助)の店先で休憩する。

 惠古田(えごた)村といふ、田中の道のかたへに、豆腐あきなふ家あり。こゝより先には、休らふべき所もありやなしや、おぼつかなければ、しばし腰かけて、もたらせし飯なんど取出て、したゝむ。あるじの姥(うば)、茶もて来り、端近なるを、こなたへ、など聞ゆ。(略)

■この先、休める所があるかどうか、わからないので、通りがかりの豆腐屋の軒先に腰かけ、持参した握りめしを食べる。店の老婆が、そんな端にすわらず、どうぞもう少しこちらへどうぞ、と茶を出してくれた。そこで、嘉陵が持ち歩いていた「椰子」の実でつくった水飲み用が珍しかったのが、話題になり、老婆は、酒を運び、自分の畑で収穫した芋を調理してつまみを出してくれた。

「このあたりでは、山々にしめじや初茸も採れますが、今時分は季節が過ぎてしまいました。どうか来年の9月頃でもおいでいただき、1泊しておいでなさい」

とてもやさしく素朴な地元の老婆とのやりとりに感動した嘉陵であった。

 わするなよ 茸(たけ)つみにとて又もこん あさじがもとの 露をたづねて

■(どうか忘れないでください、きのこを摘みに再訪することを。まだ十分に生育していない丈の短い茅・浅茅:あさじに露が宿っている状態を思い、その露を訪ねて)

 中野区にも小高い山があり、しめじや初茸が採れただけでも驚きだが、江戸時代にはまだまだ自然が残っていたのである。

■江古田では、地元の大きな商家、醤油を醸造する「山﨑喜兵衛」の家を通り過ぎ、鷺の宮村(中野区鷺の宮)を通過、ようやく石神井村である。

 橋を北へわたりこせば、石神井村、この辺一人の往来を見ず、もの問べきよすがもなし。路の行あたる所に寺あり、禅定寺(禅定院)といふ、その前を西へ山にそふて、田のふちを行ば民家一戸あり、其先に又寺あり、道常寺(道場寺)といふ、その西にとなれるが三宝寺なり。

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 ■西武池袋線「石神井公園駅」から、ゆっくり歩いて10分程、にぎやかな商店街を抜けると、文字通りの石神井公園がある。緑に囲まれた細長い池である。春には満開の桜や恋人たちのボートで人気のスポットだ。この公園の南側の住宅地に沿った場所に、この日、嘉陵が訪ねた寺が、いまもその場所にある。

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 ☆禅定院(照光山無量寺禅定院:真言宗智山派、東京都練馬区石神井町5-19-10)は、閉ざされた山門ではなく、左わきに入口があった。ちいさな境内だが、どっしりとした風格がある。安政4年(1857)建立の宝篋印塔(石塔)は、見事である。

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 ☆道場寺(豊島山無量院道場寺:曹洞宗、東京都練馬区石神井台1-16-7)は、さすがに禅寺である。門を一歩入ると、ぴりっとした静寂な空気が流れていて、境内もそうじが行き届ききれいだ。地元・石神井城主であった豊島氏代々の菩提寺であった。太田道灌に城を攻め落とされた豊島泰経や一族の墓と伝わる3基の石塔もある。美しい三重塔もあるが昭和50年代の新築だそうだ。本堂も新しいが、奈良・唐招提寺の金堂を模して建てられている。

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 ☆三宝寺(亀頂山密乗院三宝寺:真言宗智山派、東京都練馬区石神井台1-15-6)。元は地元の豊島氏の祈願寺であったどうだ。江戸時代には徳川幕府の祈願所にもなり、三代将軍・家光は、鷹狩の休憩のため、寛永2年(1625)二度ほど訪れている。境内は驚くほど広い。多宝塔などもすばらしい。さすがに往時、60ケ寺の末寺をもった格がある。

 (略)畑の細道を行ば、氷川の社あり。鳥居の脇を猶西へ行ば、道の左林のうちに小社あり、天満天神を崇め奉る。そこより少し行ば、北にくだる小坂あり。くだれば、向ひに弁才天の社あり。社をめぐりて皆池(三宝池)なり。蘆荻(ろてき)生じけり、雁鴨あまた下居て、かなたこなた水の面をゆきかへる、いくらといふ数をしるばからず、池の大さ七八十間ばかり、四面は東の一方のみ明て、余はみな高からぬ山なり。(略)

■畑の間の細い道を行くと、氷川神社があった。鳥居の脇をなお、西へ行くと、道の左側、林の中に菅原道真をまつる天神様の小さな社(やしろ)があった。そこから北に坂道を下ると、弁財天をまつる三宝寺池に出る。多くのあしや雑草が生い茂り、たくさんのガンやカモが自由に泳いでいる。いったいどのくらいの数なのかわからない。池は東側に開けて明るい。

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☆石神井氷川神社(東京都練馬区石神井台1-18-24)。何度も登場する豊島氏が、応永年間(1394から1428)に勧請して創建。現在は、榛名・浅間・御嶽・亜夫利・三峯・八幡・三島・須賀・稲荷・北野の各神社が境内にある。まさに神社のデパート。

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☆弁財天:厳島神社は、上記氷川神社に属している。

 このほか、石神井公園高台には豊島氏の歴史を思い起こす「石神井城址」があるが、敷地は囲いがあり、文化財保護の立場から公開されていない。それから最近オープンしたなかりの「石神井公園 ふるさと文化館」は、忘れずに訪ねてほしい。古代からの練馬の歴史を効率的に学ぶことができる。とくに江戸時代から近代までの「練馬大根」をはじめとする農村社会・練馬がおもしろい。

☆練馬区立石神井公園ふるさと文化館:東京都練馬区石神井町5-12-6

(資料:『江戸近郊道しるべ』東洋文庫、平凡社)

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(江戸名所図会より 石神井城址・氷川明神・弁財天・三宝寺池)

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