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【江戸時代の寺社めぐり】村尾嘉陵《江戸近郊道しるべ》を歩く 『遅野井村正八幡宮参詣、同所善福寺・井草妙正寺池』①

『遅野井村正八幡宮参詣、同所善福寺・井草妙正寺池』天保3年(1832)5月10日

①中野・宝仙寺と堀之内・妙法寺(ますは道すがら)

 現代風にいえば「井草八幡宮、善福寺・妙正寺池」が、今回の嘉陵の日帰り旅である。

遅野井(井草)方面に向かう途中、まず中野の宝仙寺と堀ノ内の妙法寺に参詣。

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 壬辰(みづのえたつ:天保3年)五月九日、四(よっつ:午前10時)の鐘なるを聞て、三番町の宅(千代田区九段南)を出(いで)、先(まず)中野むらの法泉寺(宝仙寺)の大師まふでし侍り、これは大師の八十八箇所まふでせばやと、心のうちに思ひたちて、末はしらず、今日を初めにとて也けり、大師堂は門を入りて東にあり、朝日の大師と云(いう)。

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■天保3年5月9日、よつどき(午前10時頃)出発。まず、宝仙寺のお大師様に詣でる。これは「御府内八十八箇所霊場めぐり」をしようと思い立ち、老齢(73歳)の身でこの先どうなるのか、最後までおまいり(結願)できるかはわからないけれど、今日をスタートとしようと決心したからである。宝仙寺の大師堂は、門を入って東側にあり、朝日の大師という。

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☆宝仙寺(明王山 聖無動院 宝仙寺:真言宗豊山派、東京都中野区中央2-33-3

 山門(仁王門)の金剛力士像が迎えてくれる。正面には不動明王を安置する本堂、平成4年に再建された木造の三重塔そしてお大師様(弘法大師)を祀る御影堂が目を引く。境内はいまでも広い。江戸時代には、将軍家のおこなう鷹狩の際の休憩所であった。

■地下鉄(東京メトロ)丸の内線、都営大江戸線「中野坂上駅」徒歩5分。青梅街道を行くと参道が見える。

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(『中野 宝仙寺』江戸名所図会)

 嘉陵は、宝仙寺を出て「堀の内むら」(杉並区堀ノ内)の妙法寺に行く。この寺は、村尾嘉陵にとっては、江戸から西に向かう際、毎度のように詣でる場所であった。

 中野の宝仙寺を出て、青梅街道を行く。「鍋屋横丁」がある。別にキッチン用品を売っている商店街ではない。とくに江戸時代頃、「鍋屋」という茶店があった。草餅が名物で、店の庭にはたくさんの梅の木が植えてあり、季節には梅屋敷とも呼ばれ、街道を旅する商人や文人墨客たちに愛されていたそうだ。(中野区本町4-30付近、東京メトロ「新中野駅」近く)

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 この鍋屋横丁が、いまでも存在する。確かに交差点には、かつて「鍋屋」があった場所に案内板と石碑が立てられ、往時をしのぶ。ここから当時は「妙法寺」への参道が整備されていた。道しるべとして、当時(享保年間)立てられた「お題目石」が残っているのには、驚きである。(中野区本町4-38-18、鍋屋通り沿い)石碑には、「南無妙法蓮華経」と「ほりの内道」と刻まれている。妙法寺は日蓮宗の寺である。この参詣道を抜け、車の往来の激しい環状七号に出ると、妙法寺が見える。鍋屋横丁から約2km強の距離だ。

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☆妙法寺(日円山 妙法寺、堀之内やくよけ祖師:日蓮宗 本山(由緒寺院)、

 東京都杉並区堀ノ内3-48-8

江戸庶民の中にも『堀之内のおそっさま(祖師様)』と言われ、厄除けのお寺として全国から大勢の参拝者あったそうだ。現在でも、全国各地から数多くの方々が『おそっさま』にお参りし、厄を除いてもらおうとする方が参拝している。ご本尊は、祖師堂に奉安されている日蓮上人の「祖師御尊像(やくよけ祖師像)」である。

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仁王門の金剛力士像は、徳川四代将軍・家綱が寄進したもの。なかなか力強さがある。境内に入ると、休日であったせいか、祖師堂にはたくさん方々がおまいりされている。

元和年間(1615~1624年)の創建と伝わるが、400年もの間、庶民に愛され続けてきた人気の秘密はなんだろうか。祖師堂の前には、なんとなくなごやかな、こども連れの姿は、もちろん、まじめに生きてきたお年寄りたちが真摯に手を合わせる光景がみえる。

ほっとする寺である。

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(『堀の内 妙法寺』江戸名所図会)

■地下鉄(東京メトロ)丸の内線「東高円寺駅」または「新高円寺駅」徒歩15分。

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