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【江戸時代の寺社めぐり】村尾嘉陵《江戸近郊道しるべ》を歩く『井の頭記行』その②

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(略)拝殿の前に向ひたる池の向ひ岸の山根に、楓樹数珠あり。折りからの紅葉詠(もみじながめ)深し。社の巽(たつみ:南東)の角に前の上水端にてほりもてこし小松、一もと二もと植えて

 箒木(ははきぎ)の老いの栄を祈るかな植える小松の千代を祝ひて(A)

 年を歴(へ)て又もきてみん広前に植えし小松の千代のさかへを (B)

 この内一首は、拝殿の右の板障に書きつく

        (略)拝殿前の池の向う岸の小山の麓に、かえでの木が数本ある。季節柄、紅葉が美しい。弁財天本社の南東の角に、玉川上水の脇で掘り起こして持参した小さな松を1、2本植えて、歌を詠む。

        箒木:アカザ科の一年草。高さ約1メートル。茎は堅く細く、下部から多数分枝し、緑色でのち赤色になり、葉は互生する。夏から秋、淡緑色の小花を穂状につける。実は小さく平たい球形で、漢方で地膚子(じふし)とよび利尿薬に、また、とんぶりとよび食用にする。中国の原産。干して草箒(くさぼうき)を作る。ほうきぐさ。ははきぎ。[大辞泉]    

(A)    自分の身を「ほうき草」にたとえて、やがて老いてゆく自分の行く末に栄光あれと祈る。小さな松がやがて大きく育つ、永久の繁栄を祈る。

(B)    何年かして、もう一度この弁財天の地に来てみたいものだ。自分で植えた小さな松が大きく育っている姿を。

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 この池、さしも広からねど、水のわき出る渦七ツあり。依て七井の池ともいふと也。こゝにしづもりませる初は、源右幕下(源頼朝)、承安中義兵を挙て、安房、上総を経て、こゝにいたり給ひ、竜女の告ありて、建久年中に祠をたてらる。其の後東照宮(徳川家康)この地に成せられ、名水たるを以て、是を江戸まで引きせられ、永く水源のかれせざらん事を思召され、慈眼大師に仰せありて、こゝにて水加持の護摩を修せしめ給ふ。しかりしよりこのかた、毎年三月十五日より四月十五日迄、護摩を修行して怠る事なしと云ふ。

■井の頭池は、それほど広くはないが、水が湧き出る場所が七箇所ある。したがってこの池は「七井の池」ともいう。祠(ほこら)を建てたのは、源頼朝といわれる。その後、徳川家康もこの地を訪れ、湧き出る名水を江戸市中に引き、水源が枯渇しないようにと、かの慈眼大師・天海大僧正に護摩修行を命じたそうだ。

 「井の頭弁財天」は、源経基(府中の称名寺の紹介に登場した国司)が、平安時代の天慶年間(938年から947年)に弁財天女像を安置したことに始まると伝わる。さらに建久8年(1197)、源頼朝が関東の平安を祈念して、弁天堂を再建した。さらに江戸時代、家康が、おそらく鷹狩で訪れた際、豊富に湧出する水源を認め、江戸の上水道設備に役立てようと、神田川を掘ることを決めたという。さらに徳川家光が弁天堂を復興した。

 大猷院殿、又こゝに成せられ、この水江戸数万人の咽喉(のど)をうるほす、これ江戸中の井の頭也と上意ありしより、この池の名と成り。

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■大猷院(三代将軍・徳川家光)もまた、この地に来られ、「この水は江戸に住む数万人の人々の飲料水である。まさに井戸の中のリーダー(井戸の頭)である」、とお言葉をいただいた。それが池の名となった。

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 さて、井の頭池の南側高台に「大盛寺」がある。弁財天の別当時だ。門は固く閉じられ、拝観はできない。やはり家光が再興したと伝わっている。

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☆大盛寺(明静山 円光院 大盛寺たいせいじ):東京都三鷹市井の頭4-26-1、天台宗ご本尊は薬師如来。

 神田川の水源には、碑が立っている。現在では水の湧出はなく、ポンプで組み上げているそうだが、300年近く川は流れている。まさに井の頭公園は、江戸時代を追体験できる旅の目的地である。

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