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【江戸時代の寺社めぐり】村尾嘉陵《江戸近郊道しるべ》を歩く 『井の頭記行』その①

 文化13年(1816)9月15日、村尾嘉陵(むらお・かりょう)は、井の頭弁財天を目的地として、巳の刻(午前10時)、浜町(東京都中央区)の自宅を出発した。市谷御門(現在のJR市ケ谷駅前)から、新宿区富久町の『自性院』(自證院)前を通過、新宿の『三光院いなり』(現・花園神社)前を行く。

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 新宿→成子(なるこ:新宿北新宿・西新宿)→中野→堀の内妙法寺(杉並区堀ノ内)→大宮八幡(杉並区大宮)→下高井戸・上高井戸(杉並区)を経て、久我山(杉並区)へ到着。久我山村の入口に「庚申塚(こうしんづか)」があり、道しるべとなっている。

 嘉陵は玉川上水を渡り、牟礼(むれ:東京都三鷹市牟礼)へ出た。井の頭は近い。現在の「井の頭恩賜公園」である。

(略)上水端をはなれて右へ行く道の左右皆並木あり。七八丁行きて井ノ頭弁才天の大門へ出る。こゝに石の牓示を立て、井ノ頭弁才天明静山大盛寺などえり付く。この牓示ある所より石の鳥居ある所まで一丁程あり。石のとり居の所より坂を下りて石橋あり。この坂道けはしき上に、崩れて下る事あたはず。石ばしも橋桁ばかり在りて、石はみなくづれて、池のほとりにあるのみ也。そこより左りに廻りて林間を下り、社の左に出る。こゝの林間の坂の下に、大猷院殿(徳川家光)御手づから御小刀をもて、木の肌に井ノ頭とえり付させ給ふ木ありしが枯れて、其の跡にわか木を植えたる所あり。

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 並木を800mほど行くと、大門に出た。「井ノ頭弁天 明静山 大盛寺(たいせいじ)」と石碑に刻んである。ここから石の鳥居がある所まで100mほどある。(石の鳥居は、明治の神仏分離策で取り除かれた)

 石の鳥居の所から坂を下ると石橋がある。この坂道は急勾配で崩れていて歩けない。その先の弁天社へ渡る石の橋も橋げただけが残っているだけで壊れている。仕方なく左手にまわって、林の間をおり、社の左側に出ることにした。この坂の下には、三代将軍家光公(大猷院殿)が、自ら小刀で(こぶしの)木に「井ノ頭」としるした木があったが、枯れてしまい、その跡に若木を植えた場所がある。

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 実は三鷹市教育委員会が《井の頭の石像物群》として、この場所の狛犬や石燈篭などを指定文化財として認定している。井の頭公園内周辺にある石像物は、つぎのとおりである。(私が石造物配置図を加筆修正した)

①(弁天堂前)狛犬一対:明和7(1771)年

②水盤:正徳3(1713)年

③石橋:文化14(1817)年

④(石橋前)石燈篭:天保4(1833)年

⑤辛夷(こぶし)の碑:明治

⑥水盤:安永4(1775)年

⑦石階段:文政7(1824)年

⑧紫燈篭一対:慶応元(1865)年

⑨石鳥居標石(宇賀神):明和4(1767)年

⑩石燈篭一対:文化7(1811)年

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 村尾嘉陵が井の頭を訪れたのは、文化13年(1816)、9月のことであったから、まだまだこの弁才天(弁財天)の周囲は、整備されていなかったようだ。しかし「弁財天」は、財産を守る神様として江戸庶民の人気を集めていたそうだ。また、音曲や踊りの神として、歌舞伎界や花柳界にも信仰者が多かった。③の石橋は、江戸の「一番組・湯屋講中」が寄進したことが知られている。また⑦の石階段と⑩石燈篭は「両国講中」の銘が刻まれている。

 さて嘉陵が訪問当時の、井の頭弁財天の社(本社)は、こけらぶき(板葺き)で拝殿が萱葺きであった。池の岸に石を組み、静かに建っている。池は上野の不忍池に比べれば広さは半分ほどだろうが、蘆荻(ろてき:アシや水草)が生い茂っていたために水面が見えない。

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 いまや静かな井の頭公園も江戸時代は、弁天様が庶民の信仰を集めてはいたものの、市民のオアシスとまではいかなかったようだ。弁財天の歴史と別当寺の大盛寺については、次回に紹介する。

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