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江戸時代の屋台《東都名所高輪廿六夜待遊興之図》解説その2

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    だんご屋(団子屋)

いまでも街でみかける団子だが、私は大好きである。とくに醤油ベースに砂糖の入った葛餡(くずあん)の「みたらし団子」に目がない。最近食べたのが、江戸時代から続く和菓子屋で日本橋馬喰町の「亀屋大和」の団子。1100円。妙においしい。

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さて江戸時代には、いまと同様に団子は串にさして売るのが普通。宝暦年間(17511764年)頃まで、1本に5個刺さして5文で売っていた。ところが、明和5年(1768年)に4文銭ができてから1本4個になり、4文(およそ4060円)で売られるようになったそうだ。

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    麦湯(麦茶)屋

現代でも飲まれている「麦茶」を売る屋台である。殻つきのまま煎った大麦を煎じたものだが、この時代、まだまだ庶民に煎茶(緑茶)は普及していなかった。冷蔵庫も氷もなかったため、冷たくはなかった。意外に知られていないのが、麦茶の秘密。

最近の研究では、麦茶は天然の健康飲料とされている。その効能は、胃の粘膜を保護して炎症を抑える作用や糖尿病の合併症を防ぐ効果がある。発ガン性物質のペルオキシナイトライトに対し、麦茶は高い消去活性を持ち、血流改善効果が、香ばしい匂いの成分・ピラジン類によることが明らかにされている。さらに血圧請降下作用や抗酸化作用があることがわかった。抗酸化作用は活性酸素を消滅させるため、ガン、脳卒中、心筋梗塞などの予防効果もあるという。(参考:全国麦茶工業協同組合「麦茶の効能」)

当時は町角に「麦湯」の行灯が立ち、縁台で夕涼みが流行した。若い看板娘がすすめた。14文(約4060円の貨幣感覚)。

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    けんばん(検番・見番)

「志るこ屋」のうしろ、海側の茶屋には「けんばん」の文字が見える。看板の横には「をどり(踊り)」とある。検番・見番は、芸者置屋のような所で、月見をしながら飲めやうたえやで、芸者さんを呼ぼうなんて人もいたようだ。

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