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江戸時代の屋台《東都名所高輪廿六夜待遊興之図》解説その6

        水菓子屋(水菓し:くだもの屋)

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赤い行燈看板の「水菓子」とは、フルーツのことである。砂糖が貴重であったこの時代、甘いものといえば果物である。黄色の瓜(ウリ)や緑色の真桑瓜(マクワウリ)、赤い西瓜(スイカ)や梨、桃などが売られていた。

江戸時代初期、幕府は、美濃国(岐阜県)真桑(まくわ)村から農民を呼び寄せ、四谷新宿の鳴子(なるこ)と府中是政(これまさ)村(東京府中市)に御用畑を設け、真桑瓜を栽培させた。その後、「鳴子ウリ」の特産地として栄えた。

西瓜は、江戸周辺の世田ヶ谷、北沢、亀戸、大森、羽田、郊外の八王子などで多く収穫され、名産地として名を馳せていた。

        その他「佐野喜」の署名

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この絵(版画)には、タテ書で「佐野喜(さのき)」の署名が見られる。江戸時代後期の有名な木版画の版元(出版元)で、佐野屋喜兵衛(さのやきへえ)のことである。文政から天保(1818-44)の頃、広重の東海道五十三次などの浮世絵版画をはじめ、草双紙(くさぞうし)や人情本を発行していた、いまでいう出版社だ。喜鶴(きかく)堂の屋号で,佐野喜と称し、江戸の芝に住み、日本橋で商売を営んでいたそうだ。

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 ところで、この絵の、海辺にある茶屋の赤い提灯に「佐野屋喜鶴堂」の文字が見える。しっかりした自己主張(広告宣伝)でもあるが、何気なく絵に植えこむあたりは、遊び心が効いている。

※参考文献

『江戸食文化紀行 江戸の美味探訪』松下幸子著、『江戸のファーストフード-町人の食卓、将軍の食事-』大久保洋子著、『江戸っ子は何を食べていたか』『江戸・食の履歴書』平野雅章著、『彩色江戸物売図会』三谷一馬著、『近世風俗志(守貞謾稿:もりさだまんこう)』全五巻ほか。

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