« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »

2011年7月の21件の記事

たまに食べたい餃子の《王将》

2011072918470000_2 

 餃子の《王将》は、関西系なので首都圏には店舗が少ない。それでもたまに見かけると餃子を食べる。生ビールには最高に合う。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ひるめし、何にしょう?

Photo

 毎週水曜日は、モンブランのシチューハンバーグ。よく煮込んだデミグラスソース、絶品である。

■モンブラン 吾妻橋店

■東京都墨田区吾妻橋2丁目2-5 TEL: 03-5608-2155

Photo_2

このところ、祥龍房(しょうりゅうぼう)のマーボー豆腐定食も捨てがたい。ピリ辛でボリュームもある。

■祥龍房

■ 東京都墨田区吾妻橋2丁目2-8藤原ビル1F TEL: 03-3625-1978.

| | コメント (2) | トラックバック (0)

夏の定番《としまえん》の広告

 2008年、2009年と東京練馬区にある《としまえん》夏の広告に感動して、このブログでも取り上げた。昨年は、ちょっと趣味に合わなかったが、今年はユニークである。

Toshimaen_3chomeno

 三丁目の節電。

今年の夏は、としまえんプール(練馬区向山三丁目)で

涼みましょう。

Toshimaen_pool

  妙にノスタルジックな、たぶん昭和初期の写真だろう。こどもも入れて12人の海水浴(?)集合写真と思われる。「三丁目の夕日」をイメージして、《としまえん》遊園地が、東京都練馬区向山「三丁目」にあることからの発想だ。おまけに今年は東日本大震災と福島原発のため、「節電」である。

 それにしても《としまえん》の広告宣伝はおもしろい。

(参考)

《冷し 温水》この夏一番癒されたポスター

またまたやられた《プールで、やく》としまえん

| | コメント (2) | トラックバック (0)

浅草駅で見かけた新作ポスター

《東武鉄道》の新作ポスターである。

Nikko_asakusa_po_3

日光と浅草には、涼を楽しむ水辺がある。

遊覧船が浮かぶ中禅寺湖と東京スカイツリーに屋形船の隅田川。

  涼しさを求めて標高1,269mの日光・中禅寺湖はいかがですか。東京に比べて、平均で10℃は低い。また、隅田川の川面(かわも)を走る風で夕涼み。優雅なひとときを味わえる。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

水辺ライン《スカイツリー未来号》運航開始 ソラカラちゃんも来た!

0722mizube_sorakara1_2 

 先日紹介した「日本科学未来館」の企画展《メイキング・オブ・東京スカイツリー》に合わせて、722日、浅草の吾妻橋(墨田区役所前)とお台場の青海(あおみ)を結ぶ水辺ラインの船(水上バス)が運航を始めた。本日はマスコミおよび地元旅行関係者対象の試乗会があり、出席した。

Mizube_line_tree 

 船の上部に東京スカイツリーのイラスト・イメージを装飾した水上バス。初日のセレモニーには、公式キャラクター「ソラカラちゃん」も登場。乗船客に手を振って大活躍であった。

0722mizube_sorakara2 

 さて、吾妻橋からお台場に向かう隅田川の船上からは、東京スカイツリーもよく見えた。乗船は約1時間。828日まで夏休みの特別運航で、13往復する。この船の企画に合わせ、東京スカイツリー(インフォプラザ)、日本科学未来館、東京水辺ライン(吾妻橋墨田区役所前船着場、青海客船ターミナリ水上バス乗り場)の3施設では、スタンプラリーを実施している。抽選でオリジナル景品が当たるそうだ。

 話題の東京スカイツリーだが、小学生のみなさんには「夏休みの自由研究」のテーマに最適ではないかと思う。

Mizube_omote

Mizube2

| | コメント (2) | トラックバック (1)

江戸時代の屋台《東都名所高輪廿六夜待遊興之図》解説その6

        水菓子屋(水菓し:くだもの屋)

Mizukashiyasweet_fruts

赤い行燈看板の「水菓子」とは、フルーツのことである。砂糖が貴重であったこの時代、甘いものといえば果物である。黄色の瓜(ウリ)や緑色の真桑瓜(マクワウリ)、赤い西瓜(スイカ)や梨、桃などが売られていた。

江戸時代初期、幕府は、美濃国(岐阜県)真桑(まくわ)村から農民を呼び寄せ、四谷新宿の鳴子(なるこ)と府中是政(これまさ)村(東京府中市)に御用畑を設け、真桑瓜を栽培させた。その後、「鳴子ウリ」の特産地として栄えた。

西瓜は、江戸周辺の世田ヶ谷、北沢、亀戸、大森、羽田、郊外の八王子などで多く収穫され、名産地として名を馳せていた。

        その他「佐野喜」の署名

Hanmotoin_saniki_tate

この絵(版画)には、タテ書で「佐野喜(さのき)」の署名が見られる。江戸時代後期の有名な木版画の版元(出版元)で、佐野屋喜兵衛(さのやきへえ)のことである。文政から天保(1818-44)の頃、広重の東海道五十三次などの浮世絵版画をはじめ、草双紙(くさぞうし)や人情本を発行していた、いまでいう出版社だ。喜鶴(きかく)堂の屋号で,佐野喜と称し、江戸の芝に住み、日本橋で商売を営んでいたそうだ。

Chochin_sanoki

 ところで、この絵の、海辺にある茶屋の赤い提灯に「佐野屋喜鶴堂」の文字が見える。しっかりした自己主張(広告宣伝)でもあるが、何気なく絵に植えこむあたりは、遊び心が効いている。

※参考文献

『江戸食文化紀行 江戸の美味探訪』松下幸子著、『江戸のファーストフード-町人の食卓、将軍の食事-』大久保洋子著、『江戸っ子は何を食べていたか』『江戸・食の履歴書』平野雅章著、『彩色江戸物売図会』三谷一馬著、『近世風俗志(守貞謾稿:もりさだまんこう)』全五巻ほか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

《なでしこジャパン》の思い出

 いまから2年前、20093月、コーチをしている地元の少年サッカーチームで《なでしこジャパン》サッカー教室に参加したことがある。まだまだ日本代表女子チームといえども資金不足の時代。佐々木監督をはじめ、数名の選手で全国を回り、少年少女対象のサッカー教室を開き、運営資金を稼いでいた。当時の記事を見ると、佐々木監督、元女子代表キャプテン・池田浩美さんをはじめ、大野忍さん、近賀ゆかりさん、加藤與惠さんの4選手が来た。とくに大野さんは、小柄だがムードメーカーで本当に楽しそうにこどもたちと接していた。

《なでしこジャパン》サッカー教室

 佐々木則夫監督は、わがチームのO監督の帝京高校サッカー部時代の後輩。そんな縁で参加したが、笑顔でこどもたちを指導していた。サッカーの楽しさを教えていただいた。今回、女子W杯優勝という実績を残したのだから、おそらく今後はスポンサーも多数見つかることだろう。久々に喜びを分かち合えるニュースだ。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

江戸時代の屋台《東都名所高輪廿六夜待遊興之図》解説その5

■ 冷水(ひやみず)・水売り(白玉売り)

Hiyamizu_misuuri_up_2 

 冷水売りだが、看板には「瀧水(たきみず)」とある。いかにも冷たそうで

おいしい水を連想させる。

『守貞謾稿』によれば、冷水(ひやみず)売りの項に「夏月、清冷の泉を汲み、

白糖と寒晒粉の団(団子)を加へ、一椀四文に売る。求めに応じて八文・十二文

にも売るは、糖を多く加ふなり。」とある。夏の時期に泉の水をくみ上げ冷水に

砂糖や白玉団子を入れて売った。(白玉売りともよばれていた)

 この冷水売りは堀抜井戸の冷たい水を仕入れて、左右(前後)二つの桶に入

れて天秤で担ぎ、前の桶には錫(すず)や真鍮(しんちゅう)など、金製の茶

碗や、砂糖や白玉団子を入れた屋台と、看板には滝水とか冷水と書いていた。

一杯4文(40~60円)で、砂糖や白玉の量によって8文(80~120円)から12文

120~180円)で売っていた。確かに金属製の容器で飲むと、冷たい感じがした

のだろう。

 江戸は埋立地が多く、浅井戸の水には塩気があり決して水質はよくなかった。

地中深く掘る堀抜井戸からは冷たい清水が得られたが、井戸を掘るのには高額の

費用がかかった。一般の江戸市民の飲料水は、神田上水、玉川上水などからの水道

管で供給されており、はじめは水路で、市街地に入ってからは地中に埋設した木製の配水管で給水していた。配水管の随所には水を溜めた水道井戸があり、庶民は釣瓶(つるべ)で水を汲み上げて使っていた。この水、夏はなまぬるく、ごみもまじっていたようで、そのため、夏場には冷水売りが繁盛したともいわれている。 

       寿し屋 

Sushiya_3

江戸時代の「握りすし(鮓)・握り寿司」は、おおむね8文(約80~120円)。

ただし、タマゴ焼きは高価で16文(約160~240円)といったところだ。だから

庶民がちょいとつまむには手頃であったし、その1個(1貫)の大きさも現代の

倍という話もあり、2、3個で事足りた。付合せのガリ(生姜)もある。「姫蓼

(ひめたで)」という花をつける食用の植物もあったらしい。

さて、寿司については、以前、このブログで詳しく紹介したことがある。(参照してほしい)

【江戸 食の文化史】《寿司・鮨・鮓・すし》

 

※近世風俗史の決定版といわれる書物に《守貞謾稿(もりさだまんこう)》が

知られている。岩波文庫から『近世風俗志(守貞謾稿)』と題して、全五巻本

で出版されている。最近の江戸文化を扱う書物には、必ず参考文献として登場

するほど、江戸時代(後期)の庶民の文化について詳しく書かれたものだ。天

保八年(1837)から30年間を要して書かれた、まさに「百科事典」。喜田川守

貞著。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

江戸時代の屋台《東都名所高輪廿六夜待遊興之図》解説その4

 広重の《東都名所高輪廿六夜待遊興之図》(とうと・めいしょ・たかなわ・にじゅうろくやまち・ゆうきょうのず)で、多くの屋台を紹介している。

Tempuraya

        天麩羅屋(天ぷら屋)

『守貞謾稿』によれば、この時代、江戸前天ぷらの材料といえば、あなご・芝えび・こはだ・貝柱・するめ(イカ)とある。この他にはキス・ハゼ・あじといったところだろう。魚類を揚げたものを、江戸では「天ぷら」と呼んだそうだ。

 屋台には、「胡麻(ゴマ)揚げ」と書かれている。江戸時代の揚げ物の油は、ゴマ油やカヤ油に菜種油が主流であった。関東と関西では、使う油が違った。江戸風はゴマ油、カヤ油などで色濃く揚げ、関西風は菜種油(いまのサラダ油)で、白っぽく揚げた。関西では塩で食べることが多かった。

現在は精進揚げと呼ぶ野菜のてんぷらは、単に揚げ物と呼んでいた。揚げ油に胡麻油が使われていた関係で「胡麻揚げ」=「野菜の天ぷら」の意味もあった。

 屋台の天ぷら屋では、立ち食いに便利なように天ぷらは串刺しで、客は共通の、深鉢のつけ汁(天つゆ)に、串刺しのてんぷらを突っ込んで後、食べていたようだ。1串は4文から8文(40円・60円~80円・120円)といったところ。やはり揚げたてが一番おいしいに違いない。

Ikayakiya 

■ イカ焼き屋

看板にはイカの絵を描き、イカ焼き屋である。横面には「当り屋」と読める。

さてイカを干したスルメは、結納に使われる、昆布と同様に縁起物である。「寿留女」と書いた。しかし「スル」では博打(ばくち)で所持金をなくす、スリにすられるといった意味合いで都合が悪い。そこで忌み言葉として、スルメは「アタリメ」と呼ばれた。そんな意味で屋号は「当り屋」である。

 イカ焼きといえば、香ばしい醤油の香りだ。「しょう油」は江戸時代頃までは関西(西日本)から運ばれた「下り醤油」が主流であった。江戸後期になって、野田や銚子(下総・上総)を中心に関東の醤油が発達した。黒潮と親潮の交わるお温暖で多湿な気候、夏と冬の温度差が少ないこの地方の気候が、醤油の醸造に適していたそうだ。あわせて利根川や江戸川という、大消費地の江戸に向けた水運が発達したこと、大豆や小麦が関東平野でも収穫されたこと、そして江戸川河口の行徳などで「塩」が採れたことなどが理由とされる。この地域のメーカーでは、野田:キッコーマン、銚子:ヤマサ、ヒゲタなど、いまでも残る有名しょう油メーカーがあった。

 しょう油は、江戸の食文化の中心であった寿司、天ぷら、そば等にも欠かせない調味料であった。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ご近所グルメ 浅草《いさりび》文月七月の「新さんま」

Shin_sanma110715

 浅草北口の小さな隠れ家《いさりび》で、今年はじめての「新さんま」である。北海道釧路漁港に初物が入荷した7月3週。適度に脂がのっている。身は引き締まり、歯ごたえもよい。(肝しょう油または生姜しょう油で)もちろん、秋になりもう少し南下して来ると、脂がたっぷりのさんまは塩焼きだ。

 つまみは、赤貝(大分産)のヒモである。さっぱりしている。

Hotate110715 

 握りは定番、ホタテ(北海道)。

Kohada110715 

 そして小肌(佐賀唐津)。

Akagaihimo110715

| | コメント (2) | トラックバック (0)

江戸時代の屋台《東都名所高輪廿六夜待遊興之図》解説その3

 いよいよ屋台の花型、「二八そば(蕎麦)屋」が登場。

Sobaya_2           二八そば屋

赤い行燈(あんどん)看板には「二八そば」に続いて「うんどん(うどん:饂飩)」あるいは「けんどん(慳貪・検饂)」と読める。

 この「けんどん」というのは、一杯いくら、盛り切りでおかわりなしという売り方である。けんどんは、①けちなこと、②愛想がないこと、③江戸時代、そば、うどん、めし、酒などを売るとき一杯ずつ盛りきりにしたものだ。また、現代でも出前に使う「おかもち」(そば・うどんを入れる箱)のフタを意味する言葉でもあったそうだ。(漢字では巻飩と書く)けんどん→盛り切り→「もりそば」の語源らしい。ちなみに『つっけんどん』もこのけんどんから来ている。よほど江戸時代のそば屋は、商売下手で愛想がなかったといことだろうか。

 さて現代でも主流の「二八そば」は、①つなぎの小麦粉等が2割・そば粉8割という原料配分に由来する説と②2×8=16(にはちじゅうろく)で当時、そばは一杯16文(およそ160円~240円程度)という値段を意味する説があるようだ。

 また当時は、そばを茹でないで、蒸していた。いわゆる「せいろ」である。基本となる16文のそばだが、これはせっかちで気の短い江戸っ子が、いちいち「つゆ」につけるのも面倒だと、つゆをそばに“ぶっかけ”て、食べたことから「かけそば」と呼ばれるようになったそうだ。

Sobaya_andonaka

 そば屋のメニューだが、かけそばのほかには、つぎのようなメニューがあった。「しっぽくそば」:玉子焼き・蒲鉾・椎茸・くわひ・鶏肉入り(24文)。「あられそば」:青柳(バカ貝)の貝柱をのせる(24文)。「天麩羅(てんぷら)そば」:芝エビの天ぷらをのせる(32文)。「花巻そば」:浅草海苔をかけた(24文)。(参考:『守貞謾稿』)

Soba_taberuhito

蛇足になるが、そばの栄養成分は称賛に値する。ビタミンB群や良質のタンパク質のほか、老化を防ぐビタミンE、血圧を下げ動脈硬化や脳いっ血の予防効果のあるルチン、肝臓を守るコリンなどが含まれており栄養価の高い食べ物。また食物繊維は白米の2.5倍もあり、便秘にも効果があるようだ。(現代人はもっとそばをたべないと・・・)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

江戸時代の屋台《東都名所高輪廿六夜待遊興之図》解説その2

Dangoya2

    だんご屋(団子屋)

いまでも街でみかける団子だが、私は大好きである。とくに醤油ベースに砂糖の入った葛餡(くずあん)の「みたらし団子」に目がない。最近食べたのが、江戸時代から続く和菓子屋で日本橋馬喰町の「亀屋大和」の団子。1100円。妙においしい。

Mitarashi_kameyayamato2

 

さて江戸時代には、いまと同様に団子は串にさして売るのが普通。宝暦年間(17511764年)頃まで、1本に5個刺さして5文で売っていた。ところが、明和5年(1768年)に4文銭ができてから1本4個になり、4文(およそ4060円)で売られるようになったそうだ。

Mugiyuya_2   

    麦湯(麦茶)屋

現代でも飲まれている「麦茶」を売る屋台である。殻つきのまま煎った大麦を煎じたものだが、この時代、まだまだ庶民に煎茶(緑茶)は普及していなかった。冷蔵庫も氷もなかったため、冷たくはなかった。意外に知られていないのが、麦茶の秘密。

最近の研究では、麦茶は天然の健康飲料とされている。その効能は、胃の粘膜を保護して炎症を抑える作用や糖尿病の合併症を防ぐ効果がある。発ガン性物質のペルオキシナイトライトに対し、麦茶は高い消去活性を持ち、血流改善効果が、香ばしい匂いの成分・ピラジン類によることが明らかにされている。さらに血圧請降下作用や抗酸化作用があることがわかった。抗酸化作用は活性酸素を消滅させるため、ガン、脳卒中、心筋梗塞などの予防効果もあるという。(参考:全国麦茶工業協同組合「麦茶の効能」)

当時は町角に「麦湯」の行灯が立ち、縁台で夕涼みが流行した。若い看板娘がすすめた。14文(約4060円の貨幣感覚)。

Kenban_odori 

    けんばん(検番・見番)

「志るこ屋」のうしろ、海側の茶屋には「けんばん」の文字が見える。看板の横には「をどり(踊り)」とある。検番・見番は、芸者置屋のような所で、月見をしながら飲めやうたえやで、芸者さんを呼ぼうなんて人もいたようだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

江戸時代の屋台《東都名所高輪廿六夜待遊興之図》解説その1

Totomeisho_takanawa

 広重の天保12年から13年(1841~1842)の作といわれる《東都名所高輪廿六夜待遊興之図(とうと・めいしょ・たかなわ・にじゅうろくやまち・ゆうきょうのず)がある。この二十六夜待というのは、江戸時代のお月見のひとつ。中秋の名月とは違って、旧暦の一月と七月の二十六日、深夜から明け方に出る逆さ三日月のことで、庶民は夕方から繰り出し、本来は念仏を唱えながら月に浮かぶ「阿弥陀三尊」[阿弥陀仏を中心として、観音(かんのん)菩薩、勢至(せいし)菩薩(ぼさつ)を左右の脇侍(わきじ)とする様式]を飲めやうたえやで、待ったそうだ。もっとも冬の深夜は寒すぎるため、七月におこなわれたようだ。

 

 江戸では、月の出を拝むことのできる海岸や高台に人々が集まり、中でも高輪や品川の海岸は多くの人で賑わい、料理屋は繁盛し、路上にはたくさんの屋台が並び、歌や舞、音曲などの催しもおこなわれた。ただし、この行事は天保の改革以降は規制を受けてめっきり衰えていったそうだ。この廿六夜待の場所については、芝高輪、品川などの海辺が有名であった。このほか、築地の海、深川州崎、湯島天満宮境内、飯田町九段坂、日暮里諏訪社、目白不動尊境内なども知られている。

江戸時代のファーストフード、たべもの屋の屋台が、たくさん出ている。左から「志るこ(汁粉屋:しるこや)」、「ほおづき屋」、「だんご(団子)屋」、「麦湯(麦茶)屋」、「二八そば屋」、「天麩羅(天ぷら)屋」、「イカ焼き屋」、「水売り屋(冷水)」、「寿し(すし)屋」、「水かし(水菓子)屋」である。

Shiruko_2   

        「志るこ(汁粉屋:しるこや)」

『守貞謾稿』によれば、江戸では小豆の「こしあん」を用いて「汁粉」と呼び、関西では「つぶあん」を使い「善哉(ぜんざい)」と呼ぶ。江戸でも「つぶあん」を使った汁粉もあり、こちらは「田舎しるこ」といわれたそうだ。一椀16文(約160円から240円)といったところ。さらに汁粉には、焼いた角餅が入り、善哉には焼かない丸餅を入れた。餅がない場合、前者には「白玉粉(寒ざらし粉):原料もち米」の白玉を、後者には「上新粉:原料うるち米」の白玉を入れた。

Hodukiya 

        「ほおづき屋」

芝の愛宕神社や浅草寺で求める「ほおづき」は、江戸時代には薬として珍重されていた。薬効は、こどもの虫が治おり、婦人の癪に効いたと伝えられている。

こどもの虫とは「疳(かん)の虫」のことで、神経過敏による夜泣きやひきつけ、乳を吐くなどの症状を指し、昔は「“虫”が体に入り込んでそうさせるのだ」と説明されていた。(この“虫”は本物の昆虫ではなく、想像上の“虫”)また「癪(しゃく)」とは女性にみられ、胸や腹が急にけいれんを起こして痛む症状。「さしこみ」という。

ところが、このほおづき、実は根の部分に子宮の緊縮作用のあるヒストニンが含まれており、妊娠中の女性が服用すると流産の可能性があり、堕胎剤として利用されていたそうだ。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

人生楽ありゃ苦もあるさ《ああ人生に涙あり》

 テレビのご長寿番組《水戸黄門》の主題歌には、《あゝ人生に涙あり》というタイトルがあった。(作詞・山上路夫、作曲・木下忠司)

Mitokomon_song

 1 人生楽ありゃ苦もあるさ 涙のあとには虹も出る

   歩いてゆくんだしっかりと 自分の道をふみしめて

 2 人生勇気が必要だ くじけりゃ誰かが先に行く

  あとから来たのに追い越され 泣くのがいやならさあ歩け

 3 人生涙と笑顔あり そんなに悪くはないもんだ

  なんにもしないで生きるより 何かを求めて生きようよ

 4 人生一つのものなのさ あとには戻れぬものなのさ

  明日の日の出をいつの日も めざしてゆこう顔上げて

 恥ずかしながら、1番、2番はよく知っていたが、3番と4番は今回、はじめて知った次第だ。《あゝ人生に涙あり》というタイトルからして、まさに人生をうたった演歌であり、応援歌なのだと思う。

 実力以上に要領がよい「あとから来る奴」に、追い越されるのもよくある話だ。人生というのは、本当に楽しいこともあれば、その分だけ苦しいことがある。山があれば谷もある。上がったり下がったりだ。

Mitokomon_kanban

 《水戸黄門》様は、悪を懲らしめ弱気を助ける「勧善懲悪」だから、理屈はいらない。それから先の天下の副将軍、ご老公が日本全国を行脚するからおもしろい。史実はどうあれ、大人気のドラマに間違いない。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

ヤクルト《タフマン》ラッピングの山手線

 ヤクルトのドリンク《タフマン》だが、登場してもう30年だそうだ。テレビCMでも70歳の伊東四郎さんが好演している。

Tafman_yamanotesharyo

先日、タフマンのラッピング電車に出くわした。山手線である。

Tafman_manup

 久々に会社で《タフマン》を飲んだ。元気がでたような気がした。

Tafman_kyodai

| | コメント (2) | トラックバック (0)

《日本科学未来館》企画展「メイキング・オブ・東京スカイツリー」

Making_of_tst  東京・お台場の《日本科学未来館》で開催中の企画展「メイキング・オブ・東京スカイツリー」に行ってきた。言ってみれば、高さ350m以上の「天空の建設現場」を撮影した映像を大きなスクリーンで写している。まさに足がすくむ。また、タワークレーンのシュミレーションがあり、天空での作業を3Dで追体験できる。

 現在のスカイツリーの形が決まるまで、様々なデザインがなされ、模型がつくられたようだ。また、会場内には、レゴでつくられた100分の1の東京スカイツリーも展示されている。

 この企画展を見学して、業平橋の「東京スカイツリー」インフォプラザに行けば、今年の夏休みの自由研究は、バッチリではないだろうか。テーマとしては、「東京スカイツリーと地震」、「なぜ現在の形にデザインが決まったか」、「タワークレーンの仕組み」など、いろいろ浮かんでくる。実際に日本科学未来館に行くと、ボランティアガイドの人たちが、親切に教えてくれる。ツリーのスタンプラリーもある。

Miraikan_zenkei_mo

| | コメント (3) | トラックバック (0)

《神谷バー》の車内広告、2011年7月

 東武伊勢崎線限定の《神谷バー》の車内広告である。今回は、夏のこどもたちが主人公だ。

「本当のガキ大将は 弱い者いじめなんて 絶対にしなかった。」

最後には、「昔話でもしながら、ま、一杯。」神谷バー

20110705kamiyabar_shanai_2 

 虫取り網を折られてしまい、泣き出す小さな男の子。麦藁帽子が夏だ。先頭の、いかにも強そうなガキ大将。あとに続くのは、犬と4人の悪ガキたち。あの頃流行した「月光仮面」か「少年ジェット」風のこどももいる。

 屋根の上には猫。マキでわかす風呂の煙突、電信柱。背景の空には入道雲がわく。なつかしい夏休みの風景だ。いまではこんなこどもたちを見つけることもできない。

(※デジカメの調子が悪く、携帯撮影のためボケてしまいました。すみません)

| | コメント (4) | トラックバック (0)

ご近所グルメ 浅草《豚珍館》行くなら月曜火曜

 浅草駅前の「かごしま黒豚」《豚珍館(とんちんかん)》、行くなら月曜日と火曜日がおすすめ。なぜなら富乃宝山・島美人・黒霧島・朝日・八重丸など、15種類の焼酎が、なんと190円で飲めるからだ。(ロック、水割り、お湯割り)

Tonchin_gyoza30 

 つまみは、黒豚を使った「黒豚餃子盛30個」1,570円。豚挽き肉、ニンニク、キャベツ、ニラ満載のやや小ぶりな焼き餃子だが、30個が大皿で出てくる。(餃子は焼酎よりビールが似合う)

Tonchin_menchi 

 もちろん「とんかつ」もうまいが、「メンチカツ」も絶品。中身は黒豚ミンチとタマネギだが、忘れられない味である。

Tonchin_kibibagoshio 

 今回キビナゴは、塩焼きでレモンを絞って食す。美味である。

 しかし焼酎190円ということで、ついつい飲みすぎてしまうが、22時(午後10時)には閉店なので、さくっと飲んで帰ることにしょう。

ちなみに日替わりのサービスは、月・火の一般焼酎90円のほか、水曜はつまみの「黒豚とんかつ」定価1,200円→600円。木曜はブランド焼酎の「魔王・村尾・佐藤(黒・白)」が1300円(ただし魔王はお1人様2杯まで)。金曜はサワー全品200円(17001900)。土日は、ソフトドリンクか芋焼酎が(料理と合わせての注文で)1杯サービス。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

ご近所グルメ すみだ《いわて屋》小料理屋の小粋なランチ

 東京スカイツリーも真下、東武線業平橋駅から徒歩3分の距離にある小料理屋さんのランチがおすすめ。《いわて屋》である。定番は、マグロ丼、かき揚げ丼、いわい鶏親子丼に、しょうが焼き豚丼。すべて680円で茶碗蒸しまたは小鉢、漬物、味噌汁付きだ。日替わり定食(780円)もあり、この日は冷豚しゃぶ。

Iwateyaq_lunch_menu

Iwateya_magurodon_up

 マグロ丼を食べた。新鮮なネタである。茶碗蒸しも味噌汁も手を抜いていない。なぜかほっとするような味で、うまい。次から次へお客さんが入ってくる。おかみさんの笑顔もステキだ。

Iwateya_magurodon

    いわて屋(旧岩手屋)

    東京都墨田区向島3-46-8

    TEL0336233992

    ランチの営業/11301400(もちろん夜も営業している)

Iwateya_tenpo

| | コメント (3) | トラックバック (0)

ご近所グルメ 浅草《とんこつラーメン ドラドラ》家系再開店

7月1日、《とんこつラーメンドラドラ》が再開店。、以前は「本場・尾道ラーメン 鳶(とび)」があった場所だ。家系である。さっそく挑戦、とんこつラーメン並580円。

20110701doradora1

とんこつスープに醤油味。コシと弾力のある中太麺。食感も良い。 大きめの海苔3枚、大きなやわらかチャーシュー、ほうれん草、刻みネギに鶏油が浮く。そして家系の特徴でもある卓上調味料の数々。すりゴマ、生姜、ニンニク。さらに豆板醤。麺を食べ終わったら、スープにごはんを入れて食べたい。確かにうまいが、この場所は数年間に、何度も店が代わっている。なかなかの激戦地帯なのだ。1年持てばよいと思う。

20110701doradora2

■東京都台東区雷門2-4-1

■電話?
■営業時間/ 11:30から22:30
日曜定休

Doradora_tenpo

| | コメント (0) | トラックバック (0)

旅行会社への《東京スカイツリー》説明会

 71日(金)、錦糸町の東武ホテルレバントで「東京スカイツリー施設概要・墨田区観光素材説明会」が開催された。旅行会社向けの施設案内が、おもな内容だった。法令の決まりで、第1展望台(350m)へは一時期に2,000人、第2展望台(450m)へは、900人しか上がれない。展望台の収容は、1日最大で20,000人だそうだ。

Skytree_setsumeikai

 さて、展望台への導線だが、個人と団体では少し違う。個人のお客様は、4階入口フロアから改札口を通り、エレベーター(約50秒)で第1展望台へ上がる。さらに上をめざす人は、「第1展望台」で別途、チケットを購入してエレベーターで第2展望台・空中回廊へ。帰りは、第1展望台からエレベーターで5階出口フロアへ降りる。

 団体(25名以上)の場合は、1階の団体バス駐車場(予約制)から入り、1階団体フロアでチケットを引き換え、個人と同じ4階入口フロアへ上がる。そしてエレベーターで第1展望台へ。帰りは個人と同様に5階出口フロアへ降り、さらに1階団体フロア、バス駐車場という流れだそうだ。

Skytree_setsumeikai_kaijo

 関心事の「団体予約」は、6ケ月前から始まる。開業日、2012522日の予約は、今年の1122日となる。一般の個人のお客様がチケットを入手する場合、「ぴあ」でネット販売をすることが決まっているらしい。また大手旅行会社にもアロット席(事前枠)が卸されるため、(各社が造成する旅行商品・パッケージの)「都内1泊とスカイツリー」、「ディズニーランドとスカイツリー」などのツアーに申し込めば、入場は可能だ。もっとも開業後、12ケ月は混乱を避けるために、「完全予約制」のため、朝早くから並んでもチケットを買うことはできない。

Skytree_setsumeikaigoods

 まだまだ不確定要素も多いが、これから徐々に、旅行会社各社や日本航空、全日空そしてJR各社が、東京スカイツリーの入場を組み込んだ商品を発表してくるはずだ。もちろん、はとバスなどの日帰りツアー(都内めぐり)も発表されるだろう。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2011年6月 | トップページ | 2011年8月 »