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《日光街道》宿場を歩く【幸手宿】その1

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 幸手宿は杉戸宿から一里二十五町、約6.7km。天保14年の記録で、旅籠は27軒、江戸から六番目の宿場である。人口では、隣の杉戸宿1,663人、栗橋宿1,741人に比べ、幸手宿は3,937人を数え、日光街道や日光御成街道などの交通の要衝として栄えていたことがわかる。

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 幸手(埼玉県幸手市)といえば、日光街道からは右にずれるが「権現堂(ごんげんどう)河岸」の桜並木が有名だ。いまでは春(3月下旬から4月上旬)の桜に加え、菜の花、6月7月の紫陽花、10月の曼珠沙華(彼岸花)、1・2月の水仙と、年間の花暦で人気の場所である。

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 東武鉄道の幸手駅で下車。小さな田舎の駅だ。まず昼食である。駅前にはコンビニ以外、ほとんど店がないが、なんとか「日本海庄や」を見つけた。

ランチタイムで穴子丼があった。大きな穴子、なす、ししとうの天ぷらだ。サラダと刺身(マグロ・ハマチ)、味噌汁が付く。さすがにサカナ系の居酒屋だけあって、うまい。ボリューム満点。いよいよ日光街道宿場歩きが始まる。

■日本海庄や 幸手店(幸手市中1-15-2、TEL:0480-40-1669)

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 幸手駅を背にして歩く。十万石饅頭の横に小さな稲荷がある。「一色館跡と陣屋稲荷」だ。かつて幸手駅付近一帯は、古河公方(こがくぼう)足利氏の家臣一色氏が館を構えていたそうだ。江戸時代には家康に仕え、5160石の領地を与えられていた。この陣屋稲荷(一色稲荷)は、一色氏の守り神として祀られた氏神様で、地元の人々の信仰を集めている。(幸手市中1-15-31、幸手市の案内板より)

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 駅からまっすぐの道を行く。交差点の向こう側に、いかにも街道の面影を残す古民家がきれいだ。「上庄(うえしょう)カフェ」である。実はこの建物、国の登録有形文化財(2009年9月建造物)の「岸本家住宅主屋(しゅおく)」である。江戸末期に建てられ昭和に改修され、さらに2011年11月にカフェとして再生された。見事な建物だ。

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☆岸本家住宅主屋(幸手市中2-6249-1)

かつてしょうゆ醸造業を営み、主屋の裏手には醸造所や作業場、蔵など約10棟が広大な敷地に建ち並んでいた。明治時代には、製造したしょうゆが1900年のパリ万博で銅賞を受賞し、岸本家は幸手宿でも指折りの商家として栄えていた。しかし1923年の関東大震災で多くの建物や設備を失い廃業。その後の道路拡張事業で、蔵なども取り壊され、主屋だけが現存する。建物は土蔵造りだが、屋根に特徴があり、正面が切妻造りであるのに対し背面が寄棟造りになっている点だそうだ。

※上庄カフェについては「食べログ」に記事を投稿してあるので参照ください。

http://r.tabelog.com/saitama/A1104/A110402/11028512/dtlrvwlst/3614540/

 さて、この上庄カフェ(岸本家住宅)をはじめ、幸手宿に残る古い商家や民家を再発見して、町おこしを図る市民団体「旧日光街道幸手を感じる会」がある。中村敏明さんのイラストが描かれた“歴史を感じるまち 幸手-幸手の街を徒歩で巡る 歴史の足跡探しの旅-”のパンフレットができている。街道歩きには、うれしい資料である。この種の市民活動は、応援したい。

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