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《日光街道》宿場を歩く【雀宮宿】

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 雀宮(すずめのみや)宿は石橋宿から一里二十三町、約6.4kmである。人口は268人、旅籠は38軒で、宿場の長さは南北に五町二十間(約580m)と、やや小さなものであった。(天保14年)現在の栃木県宇都宮市雀宮町である。

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 現在、ベビー子供服の西松屋前に「雀宮本陣跡」の碑が残っている。本陣小倉家跡である。先祖は阿波守守信(あわのかみもりのぶ)と称し、天正年間(1573頃)には宇都宮家に仕え、真岡城主にもなった。しかし宇都宮家の没落後、雀宮に土着して、代々名主と本陣を勤めた。当時の本陣門は、埼玉県和光市に移築されているそうだ。

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(小倉家本陣門写真:『雀宮地域の文化財』より)

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 この本陣跡の向かいで、雀宮駅から来る道の角には、「仮本陣芦谷(あしや)家」が残っている。長い板塀に囲まれた門、屋敷である。多くのガイドブックでは“脇本陣”とされているが、地元では仮本陣という。格は上である。芦谷家は、歴代芦谷治左衛門(あしやじざえもん)を襲名し、名主・旅籠・農業を営んでいた。現在の建物は嘉永元年(1848)の再建。明治14年(1881)には、明治天皇が上段の間でご休息された。

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 日光街道を進むと、馬頭観音がお堂に祀られている。安政五年(1858)のものだ。さて、日光街道でもしばしば馬頭観音を見てきた。牛馬などの家畜や重い荷物を運ぶ馬の病気防止や安全を祈願するため、石に刻んで信仰された観音様である。馬頭観音の下には「馬力神」と刻まれた小さな石塔がある。愛馬の供養のために馬の守護神を彫ったものに違いない。

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 地名のもとになった雀宮神社である。日光街道に面して鳥居が立っている。

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☆雀宮神社(宇都宮市雀宮町289

長徳三年(997)、八幡太郎義家(源義家)によって創建された。(よくある話だが、奥州征伐の折、この神に戦勝を祈願し、帰り道に勝利を祈念して社殿を造営したという)

Photo_9  正徳三年(1713)には東山天皇から金文字で「雀宮」と書かれた勅額が下賜された。この額が社頭にあったため、将軍家をはじめ諸大名は、この神社の前で下乗して参拝したと伝わる。その勅額はいまでも本殿(神殿)に保存されている由緒ある神社だそうだ。

ご祭神は、ミモロワケノキミを主神にスサノオノミコトとオオヤマズミノミコトを祀る。(勅額写真:『雀宮地域の文化財』より)

産土型(うぶすながた)神社として五穀豊穣祈願、感謝の祭り、共同体(村)の安寧が神社の中心だが、家内安全、商売繁盛、病気平癒、怨敵退散、学業合格祈願、交通安全等の勧請型(かんじょうがた)神社としても崇拝されている。(雀宮神社由緒書より)

 八幡太郎義家こと源義家は、平安時代後期の武将だ。鎌倉幕府を開いた源頼朝や室町幕府の足利尊氏の祖先にあたる。前九年の役(1062)、後三年の役(1083)で活躍。奥州(東北地方)を支配し朝廷に反逆していた安倍一族を滅ぼした。(奥州征伐)

 ※多くのガイドブックや日光街道関係のブログには、雀宮神社創基の伝承として「藤原実方(さねかた)」の話が載っている。平安時代の貴族で歌人としても知られる藤原実方は、藤原行成(ゆきなり)と宮殿で争い、行成の冠を投げ落としたことで帝の怒りに触れ、陸奥守に左遷されてしまう。この地まで後を追って来た妻が亡くなってしまい、社殿を建て祀った。2年後、陸奥の任地で実方も亡くなり、「雀」に姿を変え飛んできて社殿に入った。そこで夫婦共に祀られた。これが雀宮神社のはじまりという。

(神社に掲示されている、氏子総代の『由緒ある雀宮神社』平成224月には、藤原実方の記載は一切ない)

100km 

雀宮神社の前、日光街道には「東京から100kmポスト」が建っている。ここから日光までは約40kmである。

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 雀宮駅へ戻る途中に地蔵堂があった。小さな地蔵菩薩が中に安置されている。

福寿地蔵尊と比丘尼仏

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地蔵尊は、宝暦十年(1760)に窮乏の苦境から逃れる切実な願いを込めて祀られた。地蔵尊の横には「宝暦十年」と彫られていた。

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また、ここに享保年間(1725頃)にこの地で亡くなった尼僧の冥福を祈って建てられた比丘尼仏があるとのことで探した。向かって右側のこわれかけた小さな石像だ。向かって左側には、かわいらしく愛想のある小さな地蔵がある。

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近くに「南無妙法蓮華経」と彫られた石塔がある。これも古い。日蓮宗の布教塔と思われる。近くに日蓮宗の寺院があるはずだが、不明。

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ちなみにJR雀宮駅は、20113月にリニューアルされ、最新式の駅舎になった。いよいよつぎは、宇都宮宿である。

※参考資料:雀宮郷土史研究会・雀宮地区まちづくり推進協議会発行『雀宮地域の文化財』

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