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《日光街道》宿場を歩く【新田宿】

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 新田宿は栃木県小山市羽川(はねかわ)地区である。小山宿からは一里十一町、約5.1km。宿場は、現在の小山市立羽川小学校(小山市羽川125)の先、JAのガソリンスタンドあたりから銅市金属工業(ドーイチ:小山市羽川466)あたりまでの1kmほどの距離だ。人口は244人、旅籠は11軒と日光街道の中でももっとも小さな宿場である。(天保14年)

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 芋柄新田とか大町新田とも呼ばれた古い宿場の面影は、ほとんどない。街道を行くと、本陣跡の門を残す青木邸があった。

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 しばらく行くと、吉田神社跡の石碑があり、散らかっている工務店の横を入ると、そこに羽川薬師堂がある。

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■羽川薬師堂(小山市羽川)

江戸中期、隣の宿場・小金井にある慈眼寺末寺の玉性院という寺が新田宿にあり、玉性院の住職が、宿場の安寧を願うべく薬師如来を祀った御堂を建立したという。時期は不明だが、玉性院は廃寺となり、この薬師堂だけが残された。(吉田神社の由来は不明)

十九夜塔と雨引観音の石碑がある。

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 街道の右側に橿原(かしはら)神社がある。江戸時代には氏神様の星宮神社であったが、明治五年(1872)、九州の宮崎神宮からご祭神を勧請して橿原神社と名を改めて創建された。明治39年(1906)、近くを走る汽車からの飛び火で神殿が焼失したが、大正三年(1914)に再建された。また近年、東北新幹線の着工に伴い昭和49年(1974)、銅板葺きにして西側の現在地に移転した。(神社の説明板より)

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 4号線現在の日光街道からドーイチ(銅市金属工業)の倉庫の脇の小道に入る。細い旧道が本来の街道だ。ここに石仏群がある。新田宿の出入口であったそうだ。

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 屋根のある小さなお堂には、新田宿講中建立の寛政12年(1800)の道標。観世音の石柱で左面には「左 おざく道」とある。おざくとは鹿沼市石裂(おざく)の石裂山(879m)のことで、近世中期から明治頃まで、勝道上人開山の「おざく山信仰」として、人気の庶民信仰であった。また、石仏の中には六十六部供養塔があり、「左 おざく こくふんし」とあるそうだ。こくふんしは、下野国分寺を指す。「六十六部」とは、法華経を66回書写して、全国の1国1箇所の霊場を66箇所巡礼する修行者のことだ。室町時代に始まり江戸時代まで続いた。

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