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《日光街道》宿場を歩く【宇都宮大明神】二荒山神社

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宇都宮の中心に二荒山(ふたあらやま)神社がある。もちろん、日光街道が多くの旅人や参勤交代の大名行列などで賑わっていた頃、門前町としても栄えていた。江戸時代の旅人たちもこの神社で旅の安全を祈願し、おそらく門前の茶屋で休息をとっていたであろう。現在と同じ明神山の高台にある神社(当時は宇都宮大明神)からは、宿場はもちろん近くの山々の眺望もよかったらしい。

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 また、幕末の戊辰戦争のときも庶民が押し寄せ、宇都宮城や街中での新政府軍と旧幕府軍の戦いを注目していた。残念ながらこの戦いにより、宇都宮大明神の社殿等は、焼失してしまった。

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 二荒山神社の創建は仁徳天皇41年(伝353年)と伝わるため、1659年も前である。主祭神は、崇神天皇の第一皇子で毛野国の開祖・豊城入彦命(とよきいりひこのみこと)である。

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 江戸時代には「宇都宮大明神」とも「日光山大明神」とも呼ばれていた。なお、『日光道中絵図(笹原新田より宇都宮宿まで)』によれば、祭神は、大己貴命(おほなむちのみこと)、事代主命(ことしろぬしのみこと)、健御名方命(たけみなかたのみこと)であった。(江戸期)

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 なお延喜式神名帳に記載され、名神大社に列し、神階は正一位、下野国一宮であり、かなりの格をもつ神社である。

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 ところで祭神の豊城入彦命は武徳にも優れ、藤原秀郷、源頼義、源義家、源頼朝、徳川家康など著名な武将らも戦勝を祈願し、種々の寄進や社殿の改築をしたと伝えられている。 平将門の乱では藤原秀郷がこの神社で授かった霊剣で将門を討ったと伝わる。また平家物語によれば、屋島の合戦において、那須与一は平家船上の扇の的を射る際に、「日光権現、宇都宮大明神、那須温泉大明神」に祈ったとそうだ。

※『日光道中絵図』:国立公文書館デジタルアーカイブより

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コメント

PARCOの横にあるんですね? あ逆ですね^_^; しかし都会的ですね(^・^)

投稿: ikkun | 2012年2月17日 (金) 16時32分

宇都宮は都会ですね!!北関東を代表する都市です。歴史もあるし、なかなかいい街です。

投稿: もりたたろべえ | 2012年2月17日 (金) 22時05分

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