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《嘉永五年道中日記》を読む【その1】

 私の住む埼玉県所沢市に、江戸時代末期嘉永五年(1852)の道中日記が残されている。『所沢市史 近世史料Ⅱ』の「二上家文書」にある、172「嘉永五年正月二日 道中日記」である。

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所沢下新井村を13名の村人が出発。目的は伊勢詣と大坂・京都見物であった。旅の日数は50日間。甲州街道の府中から厚木を経由して、平塚で東海道に入り、途中久能山、秋葉山、鳳来寺等を経て四日市から伊勢路へ。伊勢参りの後、奈良、吉野、高野山から大坂・京都見物へ。帰路は草津から中山道を行き、善光寺や榛名山を見て、熊谷、東松山そして川越から帰郷した。

 それぞれの宿場での宿泊先の旅籠名や宿泊代金、昼食代そして各地の名物や観光地での案内料金などがきちんと明記されており、史料的価値が高いと思われる。

 

◆嘉永五年12日 所沢下新井村(埼玉県所沢市)→府中宿(東京都府中市)約17km

メンバーは、倉治郎、伝蔵、甚蔵、幸治郎、庄蔵、治右衛門、庄次郎、織右衛門、勝右衛門、幸次郎、重蔵、市右衛門、市五郎の13名。

 

 所沢宿より出発。18町ほど行くと久米川村(東京都東村山市)という、ここにフタセ川という川がある。つぎに粂川村・野口村(同)、道の右側に牛頭天王の社(八坂神社)がある。続いて伊豆殿堀(野火止用水)がある。小川村(東京都小平市)には御用水(玉川用水から分水の小川用水)の大きな堀がある。恋ヶ窪村・国分寺(東京都国分寺市)に薬師如来が左側にある。

府中宿まで四里、左側の旅籠・出丸屋弥平次に宿泊。宿泊代224文(約2,240円)

 

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(八坂神社 東村山市提供)

 所沢、東村山そして小平のあたりは、武蔵野台地という。富士山の噴火による関東ローム層の土地柄は、水はけが悪く、農業用水や生活用水のための水の確保が大変であったようだ。江戸時代の玉川用水や野火止用水(松平伊豆守が掘ったため伊豆殿掘と呼ばれた)は大いに役立った。

 

13 府中宿(東京都府中市)→厚木宿(神奈川県厚木市)約36km

 府中の六所明神(大國魂神社おおくにたまじんじゃ)、ここは大社である。(幕府から)御朱印五百石をいただいている。続いて玉川(多摩川)を渡る。渡し賃8文(約80円)。一里ほど西へ行くと百草(東京都日野市もぐさ)の松連寺(現在の京王百草園)がある。この寺は松平加賀守の菩提寺である。関戸村(東京都多摩市)に七間板橋がある。小野路(東京都町田市)へ二里、茶屋がある。

 

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(大國魂神社)

 木曾宿(東京都町田市)へ二里。道の左側の中嶋屋で昼食。64文(約640円)。ここから五町ほど行くと、武蔵の国と相州の国境で川(境川)がある。続いて原っぱである。

星野谷村(神奈川県座間市)へ二里。ここに観世音(星野谷観音)、星の井戸がある。本堂は五間四方で南向きだ。上郷村(神奈川県海老名市)、ここに有鹿明神(有鹿神社あるかじんじゃ神奈川県海老名市上郷1-4-41)がある。続いて相模川、橋代通行料15文(約150円)。

 厚木宿まで一里。道の右側の旅籠・ゑびや庄蔵に宿泊。宿泊代224文(約2,240円)

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(幕末の厚木宿:ベアド撮影)

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