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《嘉永五年道中日記》を読む【その2】

14日 厚木宿(神奈川県厚木市)→小田原宿(神奈川県小田原市)約34km

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この間に八幡村がある。ここには天下に鳴り響く松林の山が左右に多い。八幡の社(平塚八幡宮、神奈川県平塚市浅間町1-6)の拝殿は三間に六間、本社は二間四方で南向きだ。それより三町ほど行くと金の鳥居がある。

 平塚宿へ三里。この宿場のはずれに12間の土橋がある。また桜川があり、幅三間に長さは京間で20間の花水橋という橋が架かっている。

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 大磯宿へ一里。宿場の中程に虎子石が左の方にある。曾我兄弟の身代わり石といわれている。虎御前の守り本尊がある。これを見るのに一人16文(160円)。この寺は日蓮宗である。(虎御前は、曾我兄弟仇討ちで有名な曾我の五郎、十郎のうち、兄・十郎が愛した大磯の宿の舞姫、白拍子、すなわち遊女)

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(広重 大磯)

 街道の左側にある中村屋吉左衛門にて昼食。80文(約800円)。

小磯村、ここは立場(宿場の入口にある人足や馬の休憩所)である。粟餅が名物。次に切通しがある。梅沢村、このあたりにはみかんやきんかんが多い。この間に15間の土橋がある。甲津村、10間の土橋がある。酒匂村に54間の土橋、山王村に18間の板橋がある。

 小田原宿まで四里。左側の旅籠・小伊勢屋佐兵衛に宿泊。宿泊代180文(約1,800円)。

 

 曾我兄弟の仇討ち(そがきょうだいのあだうち)は、建久4528日(1193628日)、源頼朝が行った富士の巻狩りの際に、曾我十郎祐成(すけなり)と曾我五郎時致(ときむね)の兄弟が父親の仇である工藤祐経を討った事件。

 

15日 小田原宿(神奈川県小田原市)→三島宿(静岡県三島市)約36.7km

 小田原は石高13,129石、大久保加賀の守の御城下である。有名なウイロウの薬屋があり、店舗は八棟造り(の立派な建物)である。続いて風祭村、ここに20間の土橋がある。

湯本村、右に金湯山相応寺?(早雲寺、臨済宗大徳寺派。山号は金湯山。神奈川県足柄下郡箱根町湯本405)があり、加賀様の菩提寺だそうだ。

畑宿へ一里。ここには雑煮の名物がある。街道の右側、升屋勘左衛門で休憩。(雑煮)一杯16文(約160円)。

 

次に箱根権現の社(箱根神社)が右の方角にある。この権現は寺(東福寺)に属し、境内には大きな池があり、ここには賽の河原、地蔵尊がある。別当寺は金剛山東福寺(明治維新の廃仏毀釈で廃寺)で御朱印は米俵で200俵という。

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箱根へ一里二十六町(約6.8km)。御関所がある。ここは(小田原藩)大久保様の預かり所である。続いて相模と伊豆の国境である。河原ケ村、7間の板橋と19間の橋がある。

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山中宿へ一里半(約5.9km)、ここには名品の「キセル」と「らお(羅宇:煙管の火皿と吸口とを接続する竹管)」が有名。

三嶋宿へ二里。左側の旅籠・山形屋直七に宿泊。宿泊代180文(約1,800円)。

 

小田原の「ウイロウ」は、現在も続く創業600年の和菓子と薬の店である。とくに、ういろうは、仁丹と良く似た形状・原料であり、口中清涼・消臭等に使用するといわれる。外郎薬(ういろうぐすり)、透頂香(とうちんこう)ともよばれている。

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いよいよ旅も平塚から東海道に入り、街道歩きは続いていく。

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