« ご近所グルメ すみだ《菜根譚》牛肉と野菜のオイスター炒め | トップページ | 久々に《生駒軒》@浅草雷門のラーメン・半カレーライス »

《嘉永五年道中日記》を読む【その4】

17日 由井宿(静岡県庵原郡由比町)→府中宿(静岡県静岡市)約29km

Mm

  由井宿から国(埼玉県所沢)へ手紙を出した。200文(約2,000円)。

次に川がある。寺尾村の左に田子の浦、右に富士山である。ここにも塩取所(塩田)がある。それよりさった峠、登り下り一里。ほら村、ここより駿河半紙をつくる所が多い。倉沢の立場があり、砂糖取所(製糖業)がある。それより奥津川を渡る。16文出す。



Photo_6

(田子の浦:田子の浦漁業組合)

Photo_7

(田子の浦の生しらす)

 「駿河半紙」は、近世駿河地方から産出した粗製の半紙である。ミツマタの皮を原料とし、赤褐色で裂けやすい特長をもつ。

国産の砂糖は、18世紀(江戸時代)から普及し始めた。琉球(沖縄県)や薩摩(鹿児島県)だけではなく、意外だが遠江国(静岡県大井川以西)と駿河国(静岡県中部・北東部)でもサトウキビが栽培され、砂糖が製造されていた。そして江戸に運ばれ消費された。とくに遠江国(横須賀藩)の砂糖は、「よこすか白」と呼ばれ有名であったそうだ。

Photo_9

(三保の松原:静岡観光コンベンション協会)

 沖津(興津)宿へ二里十二町(約9.2km)、右側の巴屋元七で休憩、56文。次に寺下村、右に清見寺(臨済宗、静岡市清水区興津清見寺町418-1)がある。寺領は350石、庭にはソテツがある。

 これより浜の中に三保の松原が見える。ここに明神社(御穂神社、静岡市清水区三保1073)がある。松原の長さは一里二十町(約6.1km)程もある。次に愛染川があり、また巴川に板橋20間、それより切り通しがある。

Photo_10

(広重 興津[沖津]宿)

 江尻宿へ一里三町(約4.3km)、宿場の中程、左に久能道がある。それより田畑の中をしばらく行くと、補陀洛山久能寺(現高源寺、臨済宗妙心寺派、静岡市清水区高橋2-7-4)があり、門前に石柱が立つ黒松が一本ある。村松村、ここに龍花寺(龍華寺、日蓮宗、静岡市清水区村松2085)という寺があり、ここには二間四方の株(根)のさぼてんがあり、一丈五尺まわりのソテツが一本植えられている。そのソテツの股に宮がある。ほかにも大きな木々が8本ある。それより浜辺に出る。塩取所(塩田)が多い。

Photo_11

(久能山東照宮社殿)

 久能町へ三里(約11.8km)。左側の角屋弥左衛門にて昼食、80文。

ここにて(久能山東照宮への)案内人(ガイド)を雇い、101組として案内料は200文(約2,000円)である。手形(拝観券)を受け取る。それより石段、十八曲がりを登り、御門に入り手形を差し出す。それよりのぼり東照大権現がある。続いて御石間を見物するのに同じく1組につき200文。金の鳥居、石灯籠があり、ほかにもお参りする所が多い。宿坊や御家中もある。御朱印3000石、神主の家10軒。

 それより浜辺に出る。右に八幡宮があり、金の鳥居がある。

 

 府中宿(静岡市)へ三里。右側の旅籠・本陣中藤屋又左衛門に宿泊。宿泊代180文。

Kunousan_photo1

 久能山東照宮へは、いまなら日本平からロープウエイですぐだが、当時は下から延々と石段を登った。「表参道石段」は山の下から実に1,159段もの石段である。まず909段上がったところに「一ノ門」。すでに眺めがよい。「門衛所」では与力が参拝者の拝観をチェックする。「楼門」をくぐって東照宮詣でが始まる。「社殿」は本殿、石ノ間、拝殿である。この社殿は権現造と呼ばれ、江戸時代最高の建築技術が使われた。本殿と拝殿をつなぐ石の廊下は、「石ノ間」と呼ばれ、神(東照大権現:家康)の世界と人間の世界をつなぐ空間である。境内には廟所につづく参道の左右には、諸大名が奉納した石灯籠が多い。

|

« ご近所グルメ すみだ《菜根譚》牛肉と野菜のオイスター炒め | トップページ | 久々に《生駒軒》@浅草雷門のラーメン・半カレーライス »

江戸時代の旅」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。
《嘉永五年道中日記》を読む【その4】を拝見しました。

「府中宿(静岡市)へ三里。右側の旅籠・本陣中藤屋又左衛門に宿泊。宿泊代180文。」

この2行に目がひきつけられました。

実は、家の物置にあるガラクタを整理している時に、古い絵葉書が見つかりまして、その中に、
「靜岡 中藤屋旅舘(電話三百十八番)」
という絵葉書がありました。
http://blog.zaq.ne.jp/hoppesan/article/87/

ネットで検索しても、現在どこにあるのかわからず、ずっとモヤモヤしていたのですが、きっと「旅籠・本陣中藤屋又左衛門」なんでしょうね。

スッキリしました。

投稿: hoppe-san | 2015年9月 5日 (土) 12時00分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/177442/54957185

この記事へのトラックバック一覧です: 《嘉永五年道中日記》を読む【その4】:

« ご近所グルメ すみだ《菜根譚》牛肉と野菜のオイスター炒め | トップページ | 久々に《生駒軒》@浅草雷門のラーメン・半カレーライス »