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《嘉永五年道中日記》を読む【その8】

112日 新城(愛知県豊川市)→岡崎宿(愛知県岡崎市)約43km

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 新城は石高7000石、菅沼新八郎の御陣屋がある。

大木(愛知県豊川市、三河一宮)へ二里半。それより原っぱに出る。右は御油宿、左は豊川へ行く立石(案内石碑)がある。

 豊川村(愛知県豊川市)へ一里。ここに御影石の大きな鳥居がある。正一位豊川稲荷大明神(豊川稲荷、愛知県豊川市豊川町1番地、円福山豊川閣妙厳寺、曹洞宗)がある。

拝殿より本社(本殿)まで、木の鳥居の数は212本あり。焼物の白狐が多い。ここに、こもり家が(幅)5間半、(奥行)36間ある。

次に本王之神社(神明宮?、豊川市金屋本町1)がある。金谷村の原に御影石の大鳥居がある。続いて御油に出る。石灯籠あり。ここに28間の石橋がある。

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(豊川稲荷:豊川市観光協会提供)

 豊川稲荷は神社ではなく曹洞宗の寺(妙厳寺)であることは、意外に知られていない。訪ねてみると、すっかり街に同化して、神社の門前町が形成されている。白いキツネは、境内にも多く見られる。

 

 御油宿へ一里半。左側のゑびや安左衛門にて昼食、64文。

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(広重 御油宿)

赤坂宿へ十六町。この間に土橋が二か所ある。次に実蔵寺村があり、永澤三久様(?)、家康公のおば女(?)がいた。右側高い所に御陣屋(代官所)がある。

 

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(広重 赤坂宿)

 「御油や赤坂、吉田がなけりゃ、なんのよしみで江戸通い」といわれるほど、御油宿や赤坂宿は、飯盛女で有名であった。大名行列でしばしば宿泊する武士たちの間にも、一夜を共にする女の存在が楽しみであったのだろう。

 

 藤川宿へ二里九町。ここに35間の土橋あり。太平村(愛知県岡崎市)、ここに石高1万石の大岡越前守の御陣屋がある。

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(広重 藤川宿)

 岡崎宿へ一里二十五町。左側の旅籠・大津屋勘助に宿泊。宿泊代172文。

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