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《嘉永五年道中日記》を読む【その12】

116日 白子宿(三重県鈴鹿市)→松坂宿(三重県松坂市)約33km

 白子宿から上野宿へ一里半。ここに泉州境より出張している刀鍛冶・菊一紋次四郎の店がある。それより的川村、高田門跡への道である。

 高田門跡(真宗高田派本山 専修寺、三重県津市一身田町2819)へ一里半。本堂は24間四方である。ここはお参りする所が多い。井新田(一身田)という所があり、女郎町がある。

 

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高田本山(津市観光協会)

 「高田門跡」は三重県の中ほど、津市一身田町に位置し、宗祖親鸞聖人のみ教えをまっすぐに受け継ぐ寺院で、高田本山と通称親しみを込めて呼ばれている寺院。真宗高田派本山。専修寺の境内には数多くの伽藍(がらん)が建ちならび、中でも一番大きな重要文化財でもある御影堂(みえいどう)は平成の大修理により平成191220日に修理が完了した。国宝の西方指南抄などの法宝物も所蔵し現代に伝えている。

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津城跡(津市観光協会)

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唐銅擬宝珠(からかねぎぼうし)イメージ

 津の町へ十八町。この町の長さは72町である。よい所だ。石高323900石、藤堂和泉守の御城下である。ここに雁八幡宮(津八幡宮、津市八幡町2339、応神天皇を祭神とし、藤堂藩歴代の崇敬が厚かった)がある。続いて岩田川、36間の板橋がある。(橋の欄干に)唐銅擬宝珠(からかねぎぼうし)が付いている。ここに、(名物)サザエの壺焼きがある。岩田町の、いんま前のみなとやにて昼食、100文。

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サザエの壺焼きイメージ

 津八幡宮は応神天皇を祭神とし、藤堂藩歴代の崇敬が厚かったことで知られている。

 

 雲津へ二里。このイ仇、くもづ川の船渡し10文。月本へ十八町。ここには伊賀への山越え道・奈良への山越え道の立石(案内)がある。この地にても大坂の宿の客引きである手代がいた。六軒茶屋へ十八町。ここは大和七在所、長谷寺への山越しの道の立石が右側にある。

 

 大坂の旅籠の手代が、こんな所にも出没して客引きとは驚きである。一行はすでに宿を決めていた。

 

 松坂宿へ一里。右側の旅籠・鹿島屋に宿泊。宿泊代172文。

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