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《嘉永五年道中日記》を読む【その17】

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124日 郡山(奈良県大和郡山市)→八木宿(奈良県橿原市)約17.9km

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源九郎神社

  郡山は石高151288石、松平甲斐守の御城下である。ここに源九郎稲荷大明神

源九郎稲荷神社、奈良県大和郡山市洞泉寺町15あり、(神社を管理する)別当の東泉寺がある。御朱印30石。ここに富川大橋がある。

 

 小泉(大和郡山市)へ一里。ここに名高い庚申堂(金輪院小泉庚申堂、大和郡山市小泉町834)がある。石高1万千百石の片桐伊豆守の御城下である。

 

 法龍寺(法隆寺、奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1-1)へ十八町。右側のかせや九助にて小休止。

ここ法隆寺には薬師如来があり、御朱印1300石。向かって左の二王(仁王)は黒塗りであり、唐の杉1本にて彫刻したという。右の二王は赤で唐・天竺・日本の三国の土で作ったという。次に楠がある。ここ法隆寺は(広大な敷地で)八町四方の内、お参りする所が30か所もある。

 小休止した「かせや」で、大和を回って大坂(大阪)まで10人にて1200文にて案内人を頼み、証文を受け取り、ここから余分な荷物を持たせて行くことにした。

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法隆寺

 法隆寺は、飛鳥時代の姿を現在に伝える仏教施設であり、聖徳太子ゆかりの寺院である。創建は推古15年(607)とされる。金堂、五重塔を中心とする西院伽藍と、夢殿を中心とした東院伽藍がある。境内の広さは約187千平方メートルで、西院伽藍は現存する世界最古の木造建築物群。法隆寺の建築物群は法起寺と共に、「法隆寺地域の仏教建造物」として世界遺産(文化遺産)に登録されている。

 薬師如来像(金堂)、釈迦三尊像(金堂)、夢殿、救世観音(観音菩薩)が名高い。

 

 龍田(生駒郡斑鳩町)へ八町。左側の猿屋喜六にて昼食、64文。この地には明神の社(龍田神社、生駒郡斑鳩町龍田1-5-3)があり、神主は大澤筑前守、御朱印30石。この間に龍田川の橋代2文、次に大和川があり橋代2文。

 

 達磨寺(奈良県北葛城郡王寺町本町2-1-40)へ二十八町。御朱印50石。本堂の右側にだるま石というものがあり、また正徳石がある。左側には春日石がある。この三つの石の上に三日三夜の御加持をされたという。ここに一夜行というものがあり、毎年1本出るという。この間に染井寺があり、染井の井戸があり、ここに中将姫糸掛桜がある。

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達磨寺

 達磨寺の境内には達磨寺1号墳・2号墳・3号墳と称される3基の古墳(6世紀頃の築造)が存在し、このうちの3号墳の上に本堂が建てられている。この古墳は平安時代には聖徳太子ゆかりの達磨禅師の塚であると信じられていたようである。

 

当間(当麻)寺へ百町。二條山当摩寺、御朱印300石。本尊の蓮糸のまんだらがある。開帳(拝観)は一組につき120文。ここは七堂伽藍であり、中将姫のたもと松がある。

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当麻寺

 當麻寺(当麻寺、奈良県葛城市當麻1263)は山号二上山、高野山真言宗、浄土宗。

本尊として祀られる「當麻曼荼羅(たいま・まんだら)」は、奈良時代、藤原家の郎女・中将姫が写経の功徳によって目の当たりにした極楽浄土の光景を壮大な規模で表したもので、中将姫を常に守護し、導いた守り本尊「導き観音さま」とともに今も多くの人々のよりどころになっているそうだ。

 

高田宿(奈良県大和高田市)へ一里。ここに門跡がご出張された跡がある。次に曾我村、ここに富津橋、御影石で16間ある。

 

 八木(大和八木)宿へ一里。左の角、旅籠・木原屋嘉左衛門に宿泊。宿泊代164文。

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