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《嘉永五年道中日記》を読む【その19】

126日 吉野山(奈良県吉野郡吉野町)に逗留。

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 吉野山は、千本桜の名所である。蔵王大権現は御たけ(背の高さ)は、16

4.8m)、金峯山寺の本堂・蔵王堂は、18間(32.7m)四方で南向きであり、柱の数は72本、中につつじの木の柱が1本ある。この木のまわりは8尺(2.4m)、高さは31尺(9.4m)もあるという。本堂の高さは112尺(33.9m)あるという。

 つぎに吉水院(現・吉水神社)だが、これは天台宗である。真言宗の(寺院も)ある。御朱印1300石、坊の数は36軒でそのほかにもお参りする所は多い。金属の鳥居があり、幅12尺(3.6m)、高さは25尺(7.6m)ある。源義経と弁慶の宝物を6文にて開帳している。ここにて3年三月隠れていたという。この時大雨が降り、26日は(吉野に)逗留した。ここに「だら助」(陀羅尼助が正式名。胃腸薬)を売る店がある。

 

 古来より日本一の桜の名所として知られる吉野山。20047月、吉野山を含む「紀伊山地の霊場と参詣道」が、ユネスコの世界遺産に認定された。

吉野山は山全体が世界遺産として登録されており、吉野水分神社・金峯神社・金峯山寺・吉水神社などの世界遺産の建造物を徒歩で回ることができる。修験道の寺や、南朝ゆかりの史跡、源義経ゆかりの地や、西行や芭蕉が逍遙した文学の史跡など、歴史的な場所が数多く見られる。また、吉野山は桜の時期だけでなくアジサイ、紅葉、雪景色など四季折々の色々な表情も楽しめるそうだ。
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(蔵王堂:吉野山観光協会)

■(中千本)金峯山寺蔵王堂:吉野山2500

金峯山寺は吉野山のシンボルであり、修験道の総本山。金峯山寺の本堂・蔵王堂は正面5間、側面6間、檜皮葺き(ひわだぶき)の、東大寺大仏殿に次ぐ木造大建築。重層入母屋造り、高さ34m、四方36m。蔵王権現像(重文)3体がまつられ、本尊は高さ7mにもおよぶ。 

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吉水神社:吉野山観光協会)

■(中千本)吉水神社:吉野山579

もとは金峯山寺の格式高い僧坊であったが、明治の神仏分離によって神社となった。

源義経が弁慶らと身を隠したこと、後醍醐天皇の行宮であったこと、豊臣秀吉が花見の本陣とした等の歴史的逸話で知られている。

 

 

127日 吉野山(奈良県吉野郡吉野町)→学文路(和歌山県橋本市)約38km

佐曽村、つるべすし屋。名物がある。(釣瓶鮨:吉野川の鮎を桶で漬けたすし)

六田村へ一里。ここに吉野川、柳の渡しがあり、渡し代8文。

土田村へ一里。小休止は松屋弥平次。この間に弘法大師筆捨ての岩が吉野川の中にある。

 

 伝説がある。昔、弘法大師の空海が読書をしていたら、吉野川のせせらぎが余りにもさがわしいので、「願わくば、音を消したまえ」と云って、流れに石を投げ込んで呪法を唱えたら、せせらぎの音がぴたりとやんで、川は音を発てずに流れた。それからは「吉野川」でも栄山寺付近を特に「音無川」と呼ぶ様になり、栄山寺のちょっと上流は「水辺の公園」で、辺り一帯は景勝地でもあり、秋の紅葉が美しい所だそうだ。

 

安田村へ一里。この間に宇野峠という峠があり、のぼり下り30町ほどである。川があり、橋代4文。

宇野村へ一里。左側の笠屋源兵衛にて昼食、64文。この村の中ほどよりどろ川への道、下市村への道がある。

五條宿(奈良県五条市)へ一里。ここは天領であり、よい所である。この間にまつち峠があり、こうやくが名物である。それより大和と紀州の国境である。峠をのぼると茶屋が三軒ある。

 

 弘法大師が、今の大和・紀州の境のマツチ山の茶店で休んで居られると、乳を痛めて難澁している女が通りかかった。大師は、呼止めて乳の妙薬を授けられた。その時の大師の言葉に、『しばし待て、乳の薬をやろう。』

とあったから、峠をマツチ(待乳)峠といい、其薬を待乳膏薬と呼ぶことになり、今もその地で売っているのだという。

 

橋本宿(和歌山県橋本市)へ二里。ここに吉野川の船渡しがあり、12文。次に三軒茶屋という所に到着。

 

学文学路(かむろ)へ一里。右側の旅籠・玉屋与次右衛門にて宿泊。宿泊代164文。

ここにかるかや石どう丸の史跡が左の方角にある。

 

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 学文路(かむろ)は和歌山県北東部、橋本市の一地区。旧学文路村。古くは禿(かむろ)と書いた。紀ノ川南岸に臨み、また高野山参詣(こうやさんさんけい)路の不動坂道の上り口にあたり、説教、浄瑠璃(じょうるり)で知られる石童丸(いしどうまる)にちなむ苅萱(かるかや)堂や、謡曲『高野物狂(ものぐるい)』にちなむ石がある。国道370号が通じ、南海電鉄高野線の学文路駅がある。この駅の入場券は受験のお守りとして人気になっている。

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