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《嘉永五年道中日記》を読む【その21】

130日 三日市宿(大阪府河内長野市三日市町)→大坂・日本橋(大阪市日本橋)29.4km

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福町(大阪府南河内郡)へ三里。柴屋新助にて小休止、48文。それより河内・和泉の国境あり。

 

 堺町(大阪府堺市)へ二里。ここに妙国寺(大阪府堺市堺区材木町東4-1-4、山号は

広普山、日蓮宗)、そてつあり。御朱印300石、見物するのに一人3文。ここに両本願寺がある。また菊一紋次四郎刀鍛冶が多い。次に大和川70間、板橋があり、和泉・摂津の国境がある。続いてなにわや笠松が右の方角にあり見物した。松の広さまわりは55間あり、ここに名物の餅、714文である。

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(妙国寺:堺市提供)

 妙国寺の「蘇鉄(ソテツ)」については、つぎのような言い伝えがある。堺を見守る蘇鉄妙国寺の境内には樹齢1,000年を超える蘇鉄が、堂々と堺のまちを見守っている。この蘇鉄の伝説は織田信長の時代にさかのぼる。見事な蘇鉄を気に入った信長が、安土城に移植したところ、蘇鉄は毎夜「堺へかえろう」「堺へかえろう」と泣いたという。

信長は激怒して、「切り倒してしまえ」と命じた。すると、蘇鉄は切り口から鮮血を流し、大蛇のごとく悶絶し、恐れをなした信長は、妙国寺に返したという。

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(なにわや笠松:古写真


 また「なにわや笠松」について。難波屋笠松跡だが、小町茶屋から50mほど南へ行った反対側(東側)に難波屋(なにわや)という茶屋があり、ここで「あんもち」を売るなど繁盛した。そこには大小2本の老松があり、地をはうばかりに四方に枝先をひろげていた。その形が、笠に似ているところから笠松と呼ばれ、街道を往来する人が必す見物に立ち寄ったという。その名松も、昭和20年ごろ遂に枯死してしまったそうだ。

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(住吉大社:大阪観光コンベンション協会)

 住吉大明神(住吉大社、大阪府大阪市住吉区住吉2-9-89)へ十五町、御朱印2千石。

一の宮 伊勢大神宮、二の宮 宇佐大明神、三の宮 住吉大明神、四の宮 神功皇后

それにて四社明神という。大社である。

(住吉大明神)前に太鼓橋がある。そのほかお参りする所が多い。石灯籠の数も多い。

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 天下茶屋へ十五町。太閤秀吉公がお休みの茶屋、家康公のお休みの茶屋がある。ここに「せざい」という薬を売る店がある。

 

 天下茶屋(てんがちゃや)は、大阪市西成区の地名。住吉神社を参拝した関白・豊臣秀吉がこの地に立寄り、この芽木家の茶店から清泉を汲んでお伴の千利休に茶を点てさせたところ、味の良さに感激。そこでこの泉に「恵の水」の銘を、芽木家に玄米年三十俵の朱印を与えた。そこから関白殿下の「殿下茶屋」、天下人の「天下茶屋」などの名が知られるようになったという。

 

 天王寺(四天王寺、大阪市天王寺区四天王寺1-11-18)へ十五町。ここに庚申堂があり、生きた猿が二匹いる。本尊は聖徳太子である。御朱印千石、ここは七堂伽藍である。山門に錦折所があり、見物するのに12文。次に五重塔があり、のぼるのに16文。(五重塔は)高さ24丈(72.7m)ある。そのほか敷地内にお参りする所は多い。次に生玉大明神(生国魂神社)がある。

 

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(生国魂神社:大阪観光コンベンション協会)

 大坂日本橋へ一里。左側の旅籠・河内屋又六に130日宿泊。宿泊代232文。

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