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《嘉永五年道中日記》を読む【その24】

24日 京都(京都府京都市中京区六角通東洞院西入堂之前町)→草津宿(滋賀県草津市)約25.2km

 

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大坂・京都を見物した一行。いよいよ帰路につく。往路の東海道ではなく、中山道を経由して信州回りである。

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(三条大橋 広重)

京都六角堂前の旅籠・筑前屋次郎左衛門を24日に出発。次に三条大橋があり、京間にて36間(約72m)ある。次に白川の石橋がある。


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(三井の晩鐘 近江八景:広重)

(三条大橋より)大津宿へ三里。ここに三井寺観世音あり。(三井寺園城寺、滋賀県大津市園城寺町246、山号長等山:ながらさん、天台寺門宗総本山、本尊は弥勒菩薩)御朱印5千石、西国14番札所である。宿坊は30軒、ここより奥の院までは女人禁制である。ここには弁慶の引きづり鐘がある。それより大津の町へ出る。続いて石場という場所がある。かぎや伝兵衛にて昼食、72文。ここには名物・源五郎鮒(ふな)gたある。次に松本村、ここには木曽義仲の古跡がある。(大津市馬場1-5-12、木曽義仲の墓が義仲寺にある)

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(三井寺 ブログ「奈良、時々京都」より)

 三井寺(園城寺)は、広大な敷地で眺めの良い場所である。

 

 勢々町へ一里。ここに粟津松原がある。石高1万石、本多兵部大夫の御城下である。

 この間に今井四郎兼平の古跡が右の方角にある。(大津市晴嵐2-4-16、木曽義仲四天王の一人・今井四郎兼平の墓がある。源平争乱の最中、元暦元年1184に頼朝軍に追いつめられ、粟津合戦で義仲とともに討ち死した)

 松屋清左衛門にて小休止。荷物を置き、それより、石山寺へ向かい、右方向へ行く。

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(石山寺 ウィキペディア)

 石山寺(滋賀県大津市石山寺1-1-1、山号: 石光山 、東寺真言宗、本尊は如意輪観音) へ十八町。観世音、ここは西国13番札所である。宿坊は8軒あり。ここに龍宮から上ってきた釣鐘がある。ここはよい眺め(景色)である。それより右の松や清左衛門まで帰り、続いて勢田の唐橋。小橋が36間、中の島があり、大橋は96間でただしぎぼし付きである。次に大神川があり、このあたりは(近江)八景である。

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(石山の秋月 近江八景:広重)

『源氏物語』の作者紫式部は石山寺参篭の折に物語の着想を得たとする伝承がある。本堂の東端には「紫式部源氏の間」があり、紫式部の像が安置されている。

 

 草津宿へ二里ハ町。右側の旅籠・山田屋亥之助に4日宿泊。宿泊代は164文。

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