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《嘉永五年道中日記》を読む【その26】

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27日 赤坂宿(岐阜県大垣市)→鵜沼宿(岐阜県各務原:かかみがはら市)34.7km

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(広重 赤坂)

(赤坂宿)この間に柳の木が多い。それより六川、船渡し6文。ここに切り干し大根の名物あり。美井路(岐阜県瑞穂市)へ二里八町。ここに絲ぬき川、20間の板橋がある。このあたりは、蠺所(さんじょ:養蚕)がある。

 

河渡(ごうど)宿(岐阜県岐阜市)へ一里六町。この間に河渡川があり船渡し賃12文。

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(広重 加納)

加納宿(岐阜県岐阜市)へ一里半。江戸屋佐兵衛にて昼食、64文。石高35千石、永井肥前守の御城下(加納城)である。ここにろくろ細工の店が多い。傘屋が多い。(和傘の産地で有名)町中に10間の板橋がある。次に20間の土橋がある。それより、かゞみの原といって三里の原っぱである。この間に二十軒村があり、ここに六軒茶屋がある。ここは加納新田という所である。それより尾州の領分の立石(標識)がある。

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(英泉 鵜沼)

 鵜沼宿(岐阜県各務原市)へ四里八町。右側の旅籠・野口屋貞兵衛にて27日宿泊。宿泊代148文。

 

28日 鵜沼宿(岐阜県各務原:かかみがはら市)→御嶽宿(岐阜県可児郡御嵩町)22.7km

 

 (鵜沼宿から)右に尾張の犬山の御城があり、右方向に見える。石高3万石(城主は)成瀬隼人守である。この間に、をとゝ峠があり、それより木曽川を渡り、川に沿って行く。次に勝山観音(岐阜県加茂郡坂祝:さかほぎ町の岩屋観音か?)が岩穴にある。このあたりの岩山は、美濃で一番の景色である。

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(犬山城 犬山市観光協会)

 国宝指定四城(犬山城、松本城、姫路城、彦根城)の一つ、木曽川の南岸にそそりたつ犬山城。犬山城は、豊臣秀吉が生まれた天文6年(1537)、織田信長の叔父である織田信康によって創建された、現存する日本最古の木造天守閣。尾張(愛知県)と美濃(岐阜県)の国境に位置するため、戦国時代を通じて国盗りの要所となり、城主はめまぐるしく変わった。小牧・長久手の合戦(1584)では、羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)が12万人の大軍を率いてこの城に入城し、小牧山城に陣取る徳川家康と生涯唯一の直接対決をした。

 

 江戸時代に入ると、尾張藩付家老の成瀬正成が城主となり、幕末まで続く。明治維新による廃藩置県のため、この城は愛知県所有となったが、明治24年の濃尾地震で半壊し、その修復を条件に城は、再び成瀬家の所有となり、平成16年に財団法人に移管するまで日本で唯一、個人所有の城であった。

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(広重 太田)

 大田宿(太田宿、岐阜県美濃加茂市)へ二里。それより八町ほど行くと大田川である。船渡し28文。この川は、東海道の桑名の御城下へ流れているという。

 伏見宿(岐阜県可児郡御嵩町)へ二里。次に中村、ここに「宇江寺」があり、ここは足利氏の菩提寺で御朱印30石、(幕府)お預かりとして100石あるという。

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(広重 御嶽)

 御嶽(みたけ)宿へ一里五町。入口に薬師如来堂(岐阜県可児郡御嵩町御嵩1377-1、願興寺:がんこうじ、天台宗。山号は大寺山。本尊は薬師如来。通称は蟹薬師)がある。右側の旅籠・藤枝屋又作に28日、(大雨のため)昼食より宿泊。宿泊代(昼食共)200文。

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コメント

犬山城 一度道沿いの道から観た記憶が(^・^)

投稿: ikkun | 2012年10月 2日 (火) 15時52分

犬山城は国宝です。実際に中に入ってみると、靴を脱ぐので木製の階段は、つるつるして危ないのです。天守閣からの眺めは最高です。

投稿: もりたたろべえ | 2012年10月 2日 (火) 19時39分

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