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《安政四年伊勢参宮道中記》を読む【その10】

 幕末の安政四年(1857)、暮も押し詰まった1213日に武州所沢の下新井村(埼玉県所沢市下新井)を出発した「伊勢講」の一行。年末年始にかけて、念願の伊勢参宮を果たし旅は続く。奈良、高野山、大坂を経て、四国の金比羅へと向かう。各地で様々な名物を口にしながらの旅である。(『所沢市史 近世Ⅱ』に所収の原文を現代語訳して、ポイントに注釈をつけた)

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12日(山田)御師邸を出発 山田(三重県伊勢市山田)→明星(三重県多気郡明和町明星)約9km

■宮川(三重県伊勢市宮川) 

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(伊勢名所図会 宮川東岸)クリックで拡大

 宮川は、東国から来ても西国から来ても、伊勢に入る者は必ず渡らなければならない伊勢最大の河川であった。茶屋が並び、御師の出迎えの看板が林立し、また、めでたく参宮を終えて帰る伊勢講を送る道中歌も響いていたそうである。

■小畑(三重県伊勢市小俣町) ■新茶や(三重県多気郡明和町明星)

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(伊勢名所図会 明星)クリックで拡大

12日、明星(三重県多気郡明和町明星)

旅籠・あめや勘蔵に宿泊。宿泊代200文。

13日 明星(三重県多気郡明和町明星)→大の木(三重県津市一志町大仰)約32km

■稲木(三重県松阪市)

■松坂(三重県松阪市)、大すかや喜兵衛にて昼食、48文。

■六軒(六軒茶屋、三重県松阪市六軒町)より小川へ一里。おつや喜右衛門にて小休止。橋際にはせ(長谷)越えの道がある。それより入るばし。伊賀越えは月本まで戻るべし。この間に宮古川、橋代2文。

■小川(三重県松阪市嬉野一志町)より一里。

■はた(三重県津市一志町八太)より一里。この間に畑川、橋代2文。次に鉄砲の的がある。

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13日、大の木(津市一志町大仰)より一里。旅籠・油屋新七に宿泊。宿泊代180文。

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