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《安政四年伊勢参宮道中記》を読む【その12】

16日三輪(奈良県桜井市三輪)→奈良(奈良県奈良市)約18km

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■(三輪)ここに大和の国の一の宮、三輪大明神(大神神社、奈良県桜井市三輪1422)が西向きにある。ご朱印は80石。矢大臣門を出て一の鳥居がある。

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(大神神社 桜井市観光協会

 

 三輪明神、三輪神社とも呼ばれる大神神社は、日本最古の神社ともいわれる。本殿がなく三輪山そのものをご神体とする古神道の形態である。

 

 

■柳本(奈良県天理市)より一里。ここに織田大和守の城があり、石高1万石。ここに大和明神(おおやまと神社、奈良県天理市新泉町星山306)がある。

■丹波市(同)より一里。この間に岩上大明神(岩上神宮、奈良県天理市布留町384)がある。 

市の本(天理市櫟本:いちのもと)より半里。ここに観音あり。ほかに在原業平の誕生地(在原神社、奈良県天理市櫟本町市場)がある。

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(在原神社 天理市提供)

 在原業平(ありわらのなりひら)の生誕地については、諸説ある。天理市櫟本町の在原神社は業平生誕の地とされ、『伊勢物語』の23段「筒井筒」のゆかりの地でもある。境内には筒井筒で業平(と同一視される男)が幼少期に妻と遊んだとされる井戸があり、在原神社の西には業平が高安の地に住む女性のもとへかよった際に通ったとされる業平道(横大路、竜田道)が伸びている。

 筒井つの 井筒にかけし まろがたけ 過ぎにけらしな 妹見ざるまに

女、返し、  

くらべこし ふりわけ髪も 肩過ぎぬ 君ならずして たれかあぐべき

■柿の本より半里。ここに柿本人麻呂の誕生地がある。

 

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(柿本寺跡・歌塚 天理市提供)

 天理市櫟本(いちのもと)町は、柿本人麻呂の生地であると伝えられ、歌聖ゆかりの歌塚が建っている。任地の石見国で死んだ人麻呂の遺髪を、後の妻である依羅娘女(よさみのおとめ)が持ち帰って葬ったものという。

 現在の碑は享保17(1732)に建てられた。また、このあたりは柿本氏の氏寺である柿本寺(しほんじ)の跡にあたる。(天理市)

 

■帯とけより一里。ここに帯とけ寺、子安地蔵(子安山帯解寺、奈良県奈良市今市町734。日本最古の安産祈願霊場)がある。

16日、奈良より二十八町。旅籠・ゑん判や右衛門にて昼食および宿泊。280文。

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17日奈良(奈良県奈良市)→当摩寺(奈良県葛城市當麻)約30km

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(東大寺大仏殿 奈良公園QuickGuide)

 

 (奈良)この所は名所が88か所もあり、お参りする所が多い。案内料、1組につき150文(で支払い案内人を頼む)。

 春日大明神(春日大社、奈良市春日野町160)は南向き、東大寺大仏殿(奈良市雑司町406-1)も南向きである。大仏より東に鐘堂があり、鐘のまわり二丈八尺(6.3m)、丈(高さ)一丈五尺(4.5m)、厚さ九寸五分(0.3m)。かんをふ寺(元興寺、奈良市中院町11)の塔(五重塔)は高さ廿四丈(72.7m)で登るのには6文(払う)。

大仏より南の塔(興福寺の五重塔)があり、高さは拾六丈(48.5m、実際は50.1m)。春日社に石灯籠、かね灯籠が多い。灯籠の油を一まわり付けるのに三石六斗(約649リットル)必要。鹿が多い。北を見ると三笠山がある。麓(ふもと)にかのめ石がある。春日明神けんにて二つわり(?)。それより奈良の刀という。次に手向山がある。猿沢の池には魚が多い。北に南円堂(興福寺)がある。西国九番の観音(霊場)である。庭には八重桜があり、奈良の都の八重桜という歌は、これである。(いにしへの 奈良の都の 八重桜 今日九重:ここのへに 匂ひぬるかな)奈良名物の油煙の墨、そのほか刀の脇差があるが、何物も買うべからず。

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(興福寺五重塔 奈良公園QuickGuide)

 

元興寺の五重塔跡は、奈良時代から残る創建遺構で、寺伝によると一辺9.65メートル総高は72.7メートルで、東寺五重塔より大きいと伝えられる超大型塔があった。安政六年(1859)に、観音堂などとともに焼失。現在まで再建されていない。

 一行の旅は、安政五年(1858年)であったため、大きな五重塔が焼失する1年前に見たことになる。

奈良の土産であるが、墨はいまでも有名だ。さすがに刀はないが、包丁なども土産店で売っている。

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(牡丹獅子墨 錦光園)

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(三条小鍛冶宗近本店)

■奈良より廿八町。

■法花寺(法華寺、奈良市法華寺町882)より十八町。ご朱印300石。

■西大寺(奈良市西大寺芝町1-1-5 )より八町。本尊十一面観音、ご朱印300石。

■菅原天神(菅原天満宮、奈良市菅原町518 )より八丁。ご朱印300石。この間に謡(謡曲)にうたわれた蓬莱山の大池がある。

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(唐招提寺 もりたたろべえ)

■正大寺(唐招提寺、奈良市五条町13-46)より八町。ご朱印300石。堂の柱木を逆さにしてある。七堂伽藍がある。

■西の京(薬師寺、奈良市西ノ京町457)より一里。本尊は薬師如来である。

■郡山(奈良県大和郡山市)より一里。ここに松平甲斐守の御城があり、石高15万石。ここに源九郎稲荷源九郎稲荷神社、奈良県大和郡山市洞泉寺町15)、大和で一番である。ご朱印30石。この間にとみこ川、昔話のじじばば洗濯川という川がある。

■小泉(同)より十八町。ここに片桐石見守の御城がある。石高1万石。入口に庚申(金輪院小泉庚申堂、大和郡山市小泉町834)があり、これは大和一という。

■法龍寺(法隆寺、奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1-1)より八町。ご朱印1300石。ここに峯薬師がある。(法隆寺は敷地が広く)四町四方にお参りする所が30か所もある。一本の杉を掘りぬいてつくった仁王門がある。

■たつた(龍田、生駒郡斑鳩町)より一里。黒屋伊兵衛にて昼食、80文。たつた川、橋代2文。ここに龍田大明神(龍田神社、生駒郡斑鳩町龍田1-5-3)があり、ご朱印30石。この間に大和川、橋代2文。

■だるま寺(達磨寺、奈良県北葛城郡王寺町本町2-1-40)より二里。だるま大師(ゆかりの地)。ご朱印53石、お参りする所が多い。

■染井寺(石光寺、奈良県葛城市當麻町)より六町。本尊は弥勒、中将姫である。ここに糸かけ桜、染の井戸がある。

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(石光寺 葛城市)

慈雲山石光寺は、牡丹の寺として有名だが、中将姫(747775)ゆかりの「染の井」と「糸掛桜」がある。右大臣藤原豊成(704765)の娘、中将姫は17歳で出家、当麻寺にこもるうち霊感を得て蓮の茎を集め、糸を採り出した。 そして石光寺の庭に井戸を掘り、糸を浸したところ五色に染まった。それが染の井で、傍らの桜の枝にかけたのが糸掛け桜。中将姫はその蓮糸で一夜のうちに当麻曼茶羅を織りあげたという。

 

17日、当麻寺へ五十町。旅籠・玉や徳兵衛にて宿泊。宿泊代180文。

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