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《安政四年伊勢参宮道中記》を読む【その14】

110日かむろ(和歌山県橋本市学文路)→高野山(和歌山県伊都郡高野町)約25km

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■(かむろ)ここにかるかや石塔古跡がある。

■かねより一里。この間に廿間の橋がある。

■かみや(伊都郡高野町西郷神谷)より六十町。ここに(高野山の)宿坊より迎えが出て、茶屋にて御馳走に酒を出す。ここより宿坊まで案内人がつく。それよりだんだん(道がきつく)難渋する。次に親ふみ子ふみという岩がある。それよりいろは坂といって四十八町の内に四十八曲がりがある。この上に清めの不動がある。次に女人堂があり、それより女人禁制である。

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高野山細見大絵図より高祖院 江戸時代)

110日、高野山(和歌山県伊都郡高野町) 二階堂高祖院に宿泊。ここまで四ツ時(午前11時頃)到着。これより案内人がつき、(高野山の山内をめぐる)奥の院へ行く道に、右にじゃ柳がある。次に姿見の井(井戸)、それより大名衆の石塔がならぶ。次にむぎうの橋(御廟橋か)、川を日本六玉川(玉川)という。それより弘法大師堂(弘法大師御廟)は南向き、ご朱印25千石。(高野山には)宿坊の数は600軒。弘法様(奥の院)より帰りの時、橋がある。それより四町ばかり南に大きな伽藍(壇上伽藍)がある。それより宿坊に帰り、先祖代々のために金一分と百文(一分は1/4両なので約15,000円と1,000円で16,000円)を出して位牌を立て(拝んでいただき)10日の夜、焼香いたした。(高祖院、和歌山県伊都郡高野町大字高野山580

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(弘法大師御廟 高野山観光協会)

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(壇上伽藍 高野山観光協会)

11日の朝、出発。

111日高野山(和歌山県伊都郡高野町)→三日市(大阪府河内長野市三日市町)42km

 

■三軒茶屋より一里。松屋惣八にて昼食、48文。この間に紀伊川、船渡し12文。

■橋本より二里。ここに紀伊と河内の国境がある。

■若井峠(紀見峠)より二里。

111日、三日市(大阪府河内長野市)より三里。旅籠・油屋庄兵衛に宿泊。宿泊代180文。

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 高野山は標高1,000mに広がる宗教都市である。平成16年(2004)に「紀伊産地の霊場と参詣道」として世界遺産(文化遺産)に登録されている。実際に行くと、こんな山奥に見事に町ができていて驚く。幼稚園から大学まである。弘法大師・空海が開いた真言宗の修行の場であるが、いまなお独特の宗教文化を伝えている。

 また宿坊に三度ほど泊まったことがある。部屋、トイレ、風呂などそうじが行き届き、気持がよい。精進料理の食事もおいしい。般若湯といって、酒やビールも飲めるからうれしい。いま朝の勤行も強制ではない。すがすがしい気持になるためにも、宿坊に宿泊することをおすすめしたい。

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