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《安政四年伊勢参宮道中記》を読む【その15】

112日三日市(大阪府河内長野市三日市町)→大坂日本橋(大阪府大阪市中央区・浪速区日本橋)約28km

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■(三日市より)福町より二里。この間に河内と和泉の国境がある。

■堺町(大阪府堺市)より十五町。えびしや小兵衛にて昼食、100文。ここに妙國寺(大阪府堺市堺区材木町東4-1-4、山号は広普山、日蓮宗)のそてつ(蘇鉄)がある。(寺は)ご朱印300石、見物するのには3文。ここに両本願寺(本願寺堺別院、堺市堺区神明町東3-1-10)がある。刀鍛冶がある。(刀鍛冶の)本家は菊桐に瓢箪の印(家紋)。そのほか鉄砲鍛冶も多い。次に大和川、72間、ここに和泉と攝津の国境がある。それより浪花屋が右にある。ここに笠松があり、(松の木の)まわりは64間。左に小さな松がある。ここに名物の餅があり、七つ14文。

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(妙国寺 NPOおおさか)

 妙國寺庭園が堺市指定文化財になった。(平成244)国指定の天然記念物"ソテツ"を取り巻く石組と、本堂東側庭園が一体となって構成。江戸時代から堺を代表する名所であったが、ソテツの配植を中心にした平庭林泉回遊式枯山水庭園であることが判明、江戸時代後期の姿を基本として復元整備がおこなわれた。ソテツを中心とした枯山水庭園としては、全国的にも類をみない大変貴重なものだそうだ。

  浪花屋の笠松も当時から有名であった。茶屋であるため、食事を注文する以外にも餅を買ってもらい松を見学する旅人も多かった。

 浪花屋では「あんもち」を売るなど繁盛した。そこには大小2本の老松があり、地をはうばかりに四方に枝先をひろげていた。その形が、笠に似ているところから笠松と呼ばれ、街道を往来する人が必す見物に立ち寄ったという。その名松も、昭和20年ごろ遂に枯死してしまったそうだ。

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(住吉大社)

■住吉大明神(住吉大社、大阪府大阪市住吉区住吉2-9-89)より十五町。摂州一の宮であり、ご朱印200石。社は南向きでお参りしる所が多い。石灯籠が多い。前に石の太鼓橋がある。

■天下茶屋より十五町。ここに太閤秀吉公のお休み茶屋がある。家康公の休み茶屋もある。ここに「ぜさい」という薬を売る店がある。買うべからず。

 

天下茶屋(てんがちゃや)は、大阪市西成区の地名に残っている。住吉神社を参拝した関白・豊臣秀吉がこの地に立寄り、茶店から水を汲み千利休に茶を点てさせたところ、味の良さに感激。そこでこの泉に「恵の水」の銘を与えた。そこから関白殿下の「殿下茶屋」、天下人の「天下茶屋」などの名が知られるようになったという。

 

 「ぜさい」とは、和中散を商う薬屋のことである。和中散は、江戸時代の家庭用漢方薬。枇杷葉(びわよう)・桂枝(けいし)・辰砂(しんしゃ)・木香・甘草(かんぞう)などを調合した粉薬で、暑気あたり・めまい・風邪などに服用された。

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(四天王寺)

■天王寺村より一里。ここに天王寺(四天王寺、大阪市天王寺区四天王寺1-11-18)がある。本尊は聖徳太子、ご朱印千石、七堂伽藍があり、そのほか塔があり、高さは廿五丈(75.8m)ある。そのほかにお参りする所も多い。

112日、大坂日本橋、旅籠・升屋市兵衛に宿泊。宿泊代232文。

 

 さすがに大坂(大阪)の旅籠の宿泊代は高い。それまでは180文が平均であったが、さすがに観光地の宿泊代である。

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