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《安政四年伊勢参宮道中記》を読む【その25】

28日宮の越(長野県木曽郡木曽町日義)→ごう原(郷原、長野県塩尻市)約43km

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■(宮の越)この間に和泉橋がある。

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(広重 薮原)

■やご原(藪原、長野県木曽郡木祖村)より一里半。ここに、くしや(櫛屋)が多い。この間に鳥居峠がある。
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(お六櫛本舗)

 薮原宿には、「お六櫛」という櫛の名産物があった。櫛の大きさが六寸(約18cm)あったため、そう呼ばれたという説もあるが、村娘の「お六」にまつわる伝承がある。

 持病の頭痛に苦しんでいた美人で評判の旅籠の娘・お六は、治癒を祈って御嶽山に願をかけたところ、「ミネバリの木で櫛を作り、髪をとかしなさい」というお告げを受けた。お告げのとおりに櫛を作り、髪を梳(す)いたところ、これが治った。ミネバリの櫛の名は広まり、作り続けられることになった。

 

 そこでお六は、この御利益を同じく頭痛に悩む人々にも分けてあげたいと願い、「ミネバリの木」で作った櫛を売ってみた。すると、中山道の難所・鳥居峠を越えて行き交う東西の旅人の間で評判となり、木曽路・薮原宿の名産「お六櫛」として全国的に知られるようになったそうだ。(現在でも、『お六櫛本舗』で販売している)

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(英泉 奈良井)「お六櫛」の店

■奈良井(長野県塩尻市)より一里半。ここにぬり物屋(漆器)が多い。次に平澤村、右にすわ明神(平沢諏訪神社、塩尻市木曽平沢)がある。

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(広重 贄川)旅籠の様子を描く。玄関先には馬方がいる。右には主人が宿帳をもって迎えに出ている。玄関先には、草鞋を脱いで足を洗う大きなたらいも見える。二階では、二人の先客が、外を眺めている。この旅籠の真ん中には「板元いせ利」の看板。有名な浮世絵の「版元・伊勢屋利兵衛」の宣伝である。

 

■にい川(贄川:にえかわ、長野県塩尻市)より二里。嶋田や彦八にて昼食、100文。それまで(ここまでは)、木曽の山の中であった。尾張様の領分で御関所がある。

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(広重 本山)

■本山(長野県塩尻市)より三十町。

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(広重 洗馬)

■せば(洗馬、同)より一里廿四町。この間に右・中仙道、左・善光寺道(の分岐)がある。

28日、ごう原(郷原、塩尻市)より一里半。旅籠・山城屋太郎右衛門にて宿泊。宿泊代164文。

 

29日ごう原(郷原、塩尻市)→青柳(長野県東筑摩郡筑北村坂北青柳)約42km

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 これより中山道(中仙道)を離れる。郷原は善光寺街道(北国西街道)の宿場である。

 

■村井(長野県松本市村井町南)より一里半。

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(松本城 くるくるねっと松本)

■松本(長野県松本市)より一里。松平丹波守の城(松本城)があり、石高75千石。

 

■岡田(同)より一里。この間に赤坂峠があり、難所である。

 

■かりや原(刈谷原、長野県松本市刈谷原町)より一里十町。花や幸助にて昼食、100文。

■あへだ(会田、長野県松本市会田)より三里。この間に弘法大師(「善光寺道名所図会」によれば、無量寺前の弘法袈裟掛松あるいは岩井堂の弘法大師古跡)がある。次に立峠があり、難所である。次に中峠がある。

 

29日、青柳(長野県東筑摩郡筑北村坂北青柳)より一里。旅籠・問屋八郎右衛門に宿泊。宿泊代180文。

 

210日青柳(長野県東筑摩郡筑北村坂北青柳)→善光寺(長野県長野市)約44km

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■(青柳)この間に岩の上に百体観音(藤池百体観音、長野県松本市四賀)があり、ここに切通しがある。

 

 江戸時代には、各地の三十三番札所めぐりが流行した。これは、観音が人々を救う際に、33の姿に変化することにちなんで、各地に33の札所を設け、巡礼するもの。当時、巡礼のため、遠方に旅立つことは難しかったことから、藤池百体観音は、西国三十三番・秩父三十四番・板東三十三番の札所にちなんでつくられた。

 

 また、この切通しは、善光寺街道随一の名所であった。天正八年(1580)に切り開かれた。元禄十一年(1698)には「長さ十三間五尺(25.2m)、横八尺五寸(2.6m)、高一丈(3m)」と記され、その後、享保・明和・文化年間と三回にわたって工事が行われた。この先の麻績村境にも小さな切通しがあった。これら二つの切通しの開通により通行が容易になったそうだ。

 

■おみ(長野県東筑摩郡麻積村:おみむら)より三里。この間にさるが馬場(峠)で雪が降った。峠の上に池(聖湖)がある。この間に中村(長野県更埴市)があり、次に桑原村(同)がある。

 

 猿ヶ馬場峠(さるがばんばとうげ)は、標高964m。長野県千曲市と東筑摩郡麻績村を結ぶ峠である。麻積(おみ)宿と桑原宿の間にあって、善光寺街道(北国西街道)最難関の峠道であった。善光寺への参詣路であり、松本城下と善光寺を結ぶ重要な輸送路でもあった。

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■稲荷山(長野県長野市)より一里。

■しのゝ井(篠ノ井、同)より二里。柳屋甚兵衛にて昼食、86文。ここに荷物を預け置くべし。左は善光寺道である。

■丹波嶋(丹波島、同)より一里。ここに丹波川、つなくり渡し(綱をつかまりながら川を渡る)39文。大水の(水量が多い)ときは、小市の渡しへまわるべし。

210日、善光寺 旅籠・富士や平五郎に宿泊。宿泊代200文。

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