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《熈代勝覧》江戸時代、日本橋の店舗模様【その3】

◆本石町二丁目(南)

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●袈裟衣問屋(和泉屋)

 丸に泉の商標が、のれんに目立つ。下がっている板の看板は、「現金無掛値(現金掛け値なし)御袈裟衣品々」と読める。おそらく仏教関係の僧侶が着用する「袈裟」衣装の専門問屋だろう。

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●絹紬 木綿問屋・蝋燭問屋・苧麻問屋(井ます上総屋)

井ますかづさやである。店舗の隣には蔵もある。

絹紬(けんちゅう)は、柞蚕糸(さくさんし:主産地が中国、インドなどの野蚕絹糸)で織った薄地の平織物で淡褐色を帯びて節がある。布団・洋傘・衣服などに用いる。けんちゅうつむぎともいう。

 苧麻(ちょま)は、カラムシ(イラクサ目イラクサ科の多年生植物。南アジアから日本を含む東アジア地域まで広く分布し、植物繊維をとるために栽培されてきたもの)の繊維で織った布。

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●地唐紙卸問屋(丸屋彦兵衛)

 唐紙(からかみ)は、襖に貼る加工紙の一種である。産地と特徴において、「京から紙」と「江戸から紙」の二つに分類される。江戸の唐紙師を、京を本場とする呼称に対して「地唐紙師」という。享保年間(171636)に多様な紋様が考案され、「江戸から紙」が量産されたことから、「享保千型」との名がある。

 

江戸から紙は、江戸という大消費地を控えて需要が多く、産地としては近くの武蔵の秩父・比企郡で産する細川氏を用いたそうだ。

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●傘・雪踏問屋(伊勢屋)

店内にたくさんの唐笠が下がっている。雨具といえば、合羽(かっぱ)や蓑笠が主であった。竹の細い骨に紙を貼って油をひいて柄をつけた「唐傘(からかさ)」を庶民が愛用するようになるのは、江戸時代も半ばすぎのようである。

 

唐傘は、「番傘(ばんがさ)」とも呼ばれていた。これは、商店などの広告を兼ねて、店の名前や屋号、「番号」を記し、客に貸し出されたため。番傘は、雨の日には動く広告塔にもなり、橋の上などでは、番傘の広告の花が開くような風景が見られたそうである。

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●薬種問屋(保童園)

 店のなかでは、客と主人が何やらやりとりをしている様子。薬種問屋は、漢方薬や和漢薬の原料である生薬を扱っている商店であった。一部では、調剤薬局もおこなっていたようだ。

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