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《熈代勝覧》江戸時代、日本橋の店舗模様【その6】

 本町二丁目(南)

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●紅白粉問屋・御伽羅之油問屋(玉屋)

土蔵造りの立派な店である。大きな建て看板は、「雲井香 御きゃらの油 御おしろい」と読める。看板の下には「御匂袋」と「御香具」と記した広告札が下がっている。何よりも店に向かって右端には、紅屋を示す紅布の旗が、高く立っている。

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『江戸買物独案内』の中に「笹色飛光紅」を扱う「玉屋」紅問屋の広告が収められている。玉屋はもともと京都の紅問屋で、小町紅の販売を行っており、江戸の日本橋本町二丁目に出店していた。普通の紅ではなく、つやのある光輝く口紅であったのだろうか。。

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 ところで看板の「雲井香」は、香道で使用するお香のこと。

香道の根拠として引用する歌の証歌には、つぎのものがある。

 わたの原 こき出で見れば 久方の

 雲井にまこふ 沖つ白波

 (前関白太政大臣 藤原 忠通)

 伽羅の油(きゃらのあぶら)は、江戸前期、京都室町の髭(ひげ)の久吉が売り始めた鬢(びん)付け油の一種。日本髪で、おくれ毛を止め、髪のかたちを固めるのに用いる。最初は、ろうそくの溶けたものに松脂を混ぜて練ったものだった。のちには大白唐蝋・胡麻油・丁字・白檀・竜脳などを原料とした。正保・慶安(16441652)の頃、京都室町の髭の久吉(ひさよし)が売り始めて広まった。やがて江戸でも売り出し、人気を集めた。

 

 匂い袋(においぶくろ)、もしくは香り袋(かおりぶくろ)とは、常温で香りを発する香料を詰めた布袋のこと。日本の伝統的な匂い袋には、白檀、丁字、桂皮、龍脳、大茴香といった香料の粉末が使われる。中でも白檀や丁子は防虫効果が高く、そちらを主とした「防虫香」も市販されていた。

 

 香具だが、香道のお線香は、中国の製造方法が伝わったのは、江戸初期。その手軽さから国内に一気に広がったとされる。中国南部より開港場であった堺・長崎に、お線香の製造技術が入り、庶民に普及した。また、寛文年間(16611672)には、国内で初めてお線香が製造されたそうだ。

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●呉服小間物問屋袋物・雛人形・手遊問屋(丸角屋)

 立派な土蔵造りのこの店の登録商標は、四角に丸でマルカク屋。とてもわかりやすい。大きく張り出した日よけのれんには、「けんきんかけねなし(現金掛け値なし)」とあり、木製下げ看板には、「御はなかみ袋(御鼻紙袋)・御たはこ入(御煙草入れ)」と、売れ筋商品が書いてある。

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 鼻紙袋と煙草入の組み合せが意外だが、江戸時代から明治半ばまで、大人の女性が使う物入れは、鼻紙袋やタバコ入れに、財布などを入れるのが主流だった。『江戸買物独案内』を見ると、御鼻紙袋・御煙草入れ袋を扱う専門店が、数多くあったことがわかる。

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●煙管問屋(中村屋源八)

煙管(キセル)の絵が描かれた大きな下げ看板が目を引く。店先に置かれた箱看板にも煙管の絵と「源八」である。

 

 煙管(キセル)の歴史を見てみよう。

南蛮貿易によって江戸時代の初めごろには、たばこやパイプなどの喫煙具、喫煙風習も伝わったといわれている。喫煙風習が入ってきた当初から、すぐにキセルによる喫煙方法が定着した。

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(提供:JTたばこワールド)

 キセルとは、東アジアに多く見られる喫煙具で、刻みたばこを詰める「雁首(がんくび)」と「吸口」、それらをつなぐ「羅宇(らう)」からできている。キセルは、ヨーロッパのパイプをモデルに生まれたといわれ、江戸時代には日本独自のキセルが作られるようになった。

 

 江戸初期のキセルは、竹や陶器、あるいは真鍮などの金属が用いられ、火皿が大きく長めなものが多く見られた。中には、花見や芝居など人が集まる場所で目立つために持ち歩く、長さが1メートルもある「花見ギセル」などと呼ばれるキセルもあった。

 

 江戸中期のキセルは、吸口と雁首の部分に彫刻が施されるなど、ファッション性に富んだものも増えた。初期のキセルに比べて、細身でシャープなものも増えた。

 

 江戸後期のキセルは、刻みたばこの刻み幅が細くなるにつれ、「火皿」の部分も小さめになった。持ち運びが便利なように、長さも2030cmのものが主流になった。

(参考:JTたばこワールド)  

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●仏具問屋(西村万屋市兵衛)

 土蔵造りの店内には、黒光りする仏壇が並んでいる。仏具といっても、広く神仏に関するものを販売していたようだ。仏壇・仏具の修理・販売から太鼓・神輿の製造・修理・販売、神具の販売など。数珠などもあつかっていたようだ。

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 『江戸買物独案内』の「仏師」の箇所では、神仏具一式、楽器類を商っていたことがわかる。

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