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江戸時代の日本橋絵巻《熈代勝覧》

東京メトロ「三越前」駅の地下コンコースの壁面に、日本橋絵巻とも呼ばれる『熈代勝覧(きだいしょうらん)』の複製絵巻が展示されている。(絵巻物の原寸は縦43.7cm、横1232.2cm、コンコースの展示は、現物の1.4倍の大きさで写真撮影)この絵巻が実にすばらしい。

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  この絵巻とは、江戸時代・文化2(1805)頃の右端の神田今川橋から左端の日本橋魚河岸までの大通り(現在の中央通り)を俯瞰(ふかん)して描いたもの。絵巻には通り沿いの88軒の問屋や店舗に加え、行き来する町人や武士1,671人(男1,439人・女200人・こども32人)、犬20匹、馬13頭、牛4頭、猿1匹、鷹2羽が生き生きと描写され、屋号や商標が書かれた暖簾(のれん)、看板、旗なども克明に描かれている。江戸時代の町人文化を知る貴重な資料といわれている。

 

 絵師・山東京伝の作とも推定されるが、作者は不明で、原画はベルリン国立アジア美術館に所蔵されている。おそらく幕末から明治初期に海外へ流失したものだろう。(1999年にベルリンで発見され、2006年に日本でも公開された)

 タイトルの「熈代勝覧」とは、「熈(かがや)ける御代の勝(すぐ)れた景観の全体を視野に収めて眺める」ともいう意味。

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  なお、制作年代については、絵の中の越後屋から少し日本橋方向に行った、上絵師屋(家紋を描く商売)と須原屋(書肆:しょし・本屋)の前に両国回向院本堂の再建を勧請する四名の信者がいて、彼らのもつ箱に「回向院 文化二」の記載がある。さらに江戸の三大大火の一つ、文化三年(1806)の「丙寅(ひのえとら)の大火」で日本橋周辺の建物の多くは焼失したとされており、おそらく文化二年(1805)頃の作品と考えられている。いってみれば、大火直前の貴重な記録といえるそうだ。

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なかでも現代の三越のルーツである呉服屋の「越後屋」は、江戸中心部の名所として「熈代勝覧」の中でも最大の大店として描かれている。店の前を行き交う人々も多い。   

寛文十三年(1673)、三重松阪出身の三井高利は、江戸本町1丁目に小さな呉服屋を開業。天和三年(1683)、本町から駿河町に移転し、両替店(現在の三井住友銀行)を併置し、その後の「三井越後屋」の基礎を築いた。江戸から明治・大正を経て、現在まで続く三井財閥の歴史である。

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