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《熈代勝覧》江戸時代、日本橋の店舗模様【その13】

◆室町一丁目(続き)

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●塗物問屋(伊勢屋利助)

 黒塗土蔵造の店舗。店内では店の主人が算盤をはさんで客におじきをしているようだ。

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 『江戸買物独案内』に、室町一丁目、塗物問屋として「伊勢屋利助」の広告がある。

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●味噌問屋(太田屋)

 店の中には味噌の樽が、いくつか見える。店先の大きな板看板は「上赤味噌大安売り 太田屋」読める。

 屋根には黒い木枠で固定された二つの甕(かめ)が見える。味噌甕らしい。店の前では、味噌の積荷だろうか、大きな荷を馬の背から降ろしている様子。

 

 徳川家康の命を受け、江戸初期から中期に誕生したのが「江戸甘味噌」である。米麹をたっぷり使う一方、塩分は少なめの香りが芳醇な赤味噌。将軍家の出身地・三河「八丁味噌」の旨みと、京都「白味噌」の上品さを兼ね備えた味噌として開発された。通常の辛口味噌の塩分が、12%前後なのに対し、江戸甘味噌は6%程度と半分に抑えられ、この低塩分から、特有のしっとりとした柔らかな舌ざわりが生まれるそうだ。

 この味噌が持つ本来の甘みやうまみが、素材の味を引き立てるだけではなく、江戸甘味噌に多く含まれる糀が、肉や魚の臭みを押さえる働きをし、塩分が少なく通常の味噌より沢山の量を使えるため、料理が「こく」のある深い味わいに仕上がるという。どじょう汁、鯉こく、かきの土手、鍋煮込み料理、鯖の味噌煮、田楽味噌などに最適である。

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●八百屋・乾物屋

 店先で腰掛けたご隠居が、店番をしている様子だ。土間には、木箱に入れた野菜が何種類か、並んでいる。奥には引き出しがいくつも見える。のれんには、八百屋のほか、「かんふつ(乾物)」の文字も読める。

 

 ところで江戸時代にもブランド野菜があった。いまの東京23区内の産地直送野菜である。

 

駒込ナス(文京区)、亀戸大根(江東区)、寺島ナス(墨田区)、谷中ショウガ(荒川区)、三河島菜と枝豆(荒川区)、小松菜(江戸川区)、葛西蓮根(江戸川区)、足立の水ゼリ(足立区)、足立の夏菊(足立区)、金町コカブ(葛飾区)、千住ネギ(葛飾区)、下千葉小カブと糸ミツバ(葛飾区)、中野甘藍(葛飾区)、本田ウリ(葛飾区)、雑司ヶ谷ナス(豊島区)、滝野川ニンジンとゴボウ(北区)、東京大越ウリ(中野区)、クリの豊多摩早生(杉並区)、井荻ウド(杉並区)、高井戸節成キュウリ(杉並区)、陸稲の藤蔵糯(世田谷区)、居留木橋カボチャ(品川区)、品川ネギとカブ(品川区)など。

(参考:「江戸・東京の農業」JA東京中央会)

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●紙問屋(越前屋)

 店の中には紙が積まれている。どうやら人の姿は見えない。

 江戸時代になると、紙の需要は急増した。公家や僧侶、武士たちの記録などに使い道が限られていた紙が、江戸時代の中心・町人たちによって、飛躍的に消費された。とくに出版文化の発展は、紙の需要を大きく伸ばすことになる。浮世草紙が 元禄年間に隆盛をきわめ、 洒落本、人情本、滑稽本、談義本、黄表紙などが流行し、京都に始まった出版業は江戸、大坂へと移り、さらに発展し、紙の需要を拡大させていった。また、庶民の生活様式の変化もある。障子紙、ふすま紙をはじめ、鼻紙やちり紙までもが生活必需品になっていった。

 

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●小道具問屋(伊勢屋)

 町を歩けば「伊勢屋」である。2階の屋根から下がる看板が二つ。「平生 産前 清婦湯」と「神仙巨勝子圓」とある。向かって右側の屋根から下がる算盤型の看板。左側には兜と陣笠の絵が描かれた看板である。小道具を扱い、薬種も扱っていたようだ。

 「清婦湯」は、産前産後はもちろん、通常でも婦人特有の血の道に効果がある薬である。血行を良くし、自律神経を安定させ、新陳代謝を旺盛にする。女性特有の症状であるヒステリー、生理不順、頭痛、のぼせ、めまい、耳鳴り、冷え性、産前産後におこる病気などを改善するという。

 

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 「神仙巨勝子圓 」は、大阪日本橋堺筋北三丁目の若林宗哲(御薬調合所)の家伝の薬で、江戸では市ヶ谷田町一丁目の大阪屋彦兵衛が販売している。(『江戸買物独案内』)

 ごまをハチミツで固めて丸薬にしたものを「巨勝子丸」と呼ぶ。つまり食用にされているゴマの乾燥したもの。虚弱体質や高齢者・病後・腸燥便秘に効く。詳しくわからないが、精力をつけ、万病に効く長寿の薬という説もある。別名を益壽丹という。

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●結納品問屋(万屋)

 店の中には、スルメ、昆布、二匹の鯛(双鯛)、鰹節、酒樽に白木の三方が見える。屋根には、「御結納へんきん(現金)安うり(安売り)室町万屋」の大きな看板。この看板には「結納屋」のシンボル、赤い双鯛の絵が見える。

 

 江戸時代になり、裕福な大店などの商家で結納や結婚式の儀式がおこなわれるようになった。庶民の間に結納の儀が普及するのは、明治時代以降である。

 結納の品には、この万屋(よろずや)の店にもあるように各種の縁起物がある。(地域によって一部異なるが、代表的なものを挙げる)

 

・長熨斗(ながのし):のしアワビ。元来はアワビをたたいて伸ばした(のした)もので、長寿をイメージし、おめでたい贈り物の象徴である。海産物の中でも最高級の品。

・勝男節(武士)(かつおぶし):鰹節。男性の力強さをイメージしている。実際に魚を贈ることもあった。

・寿留女(するめ):スルメ。末永く幸せを願うため。

・子生婦(こんぶ):昆布。子孫繁栄を表す。

・友白髪(ともしらが):白い麻繊維。白髪になるまで夫婦仲良くという謂れ。

・末広または寿恵廣(すえひろ):本来は男持ちの白扇と女持ちの金銀扇子の一対。省略されて白い扇子一本の場合もあった。末広がりの繁栄を願う。

・家内喜多留(やなぎだる):酒樽。(実際に樽酒を贈っていた)家内に喜びが多くとどまるという家庭円満をイメージ。(酒肴を振る舞う代わりに出すご祝儀金である)酒料の場合もある。

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コメント

途中下車やブラタモリでも時折 紹介されてましたが 東京も昔は沢山野菜 米作っていたんですからね〜(笑)

投稿: ikkun | 2013年3月 8日 (金) 12時15分

野菜は多かったようです。ブランド野菜です。いまの東京23区内が多いようですが、野菜を収穫して運べる距離での商売です。

投稿: もりたたろべえ | 2013年3月 8日 (金) 18時53分

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