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《熈代勝覧》江戸時代、日本橋の店舗模様【その14】

◆室町一丁目(さらに続き)

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●小間物問屋(日光屋七郎兵衛) 

 ここも黒塗り土蔵造である。屋根から下がる黒地に白文字の看板には「痎(咳)一通請合(せきの妙薬)」と読める。薬も扱う小間物問屋だが、店の中には黒い陣笠も見える。はたして小道具も扱っていたのか。

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 『江戸買物独案内』に、室町一丁目、小間物問屋として「日光屋七郎兵衛」の広告がある。横棒三本、中央に丸の独特の商標(商号)である。

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●八百屋

 店の前には「室町一丁目」と書かれた防水桶が置かれている。店内には木箱に入った野菜が何種類か置かれている。

 

野菜は収穫の時期が決まっていて、旬のものを食べていたわけだが、江戸時代でも賢い人がいるもので、一部では促成栽培される野菜もあった。当然、本来出回らない季節に、野菜を売れば、高く売れる。天保十三年(1842)には、そんな促成栽培を禁止するお触れが出ているのがおもしろい。

 

 その季節にならないうちに売り買いしてはならない。近頃、初物を好む傾向がエスカレートし、ことさら料理屋、茶屋などでは競い合ってそんな促成栽培の野菜を仕入れて客に高く提供する。たとえば、きゅうり、茄子、いんげん、ささげやもやしなどだ。部屋の中で炭火を焚き、暖かくして野菜を速く育てて売っている。この種の不埒(ふらち)な行為を禁止する。(参考:『江戸のファーストフード』大久保洋子著、講談社)

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●酒問屋(亀田屋)

 店の中には酒樽が3個見える。左から九曜紋、山印、山一印の樽である。このうち「九曜紋」は伊丹の酒造であろう。「山印」は、上方大坂は池田の大和屋庄左衛門の銘酒・山印だろうか。いずれも人気の酒である。

 

 上方で生産され、大消費地江戸へ輸送され消費されるものを総じて下りものという。「下り酒」も下りものの典型的な商品であった。上方でも 摂泉十二郷(せっせんじゅうにごう)という地域の酒蔵で、造られる酒は味も品質も良く、江戸でも定評があった。

 ちなみに摂泉十二郷は、摂津国の中で酒蔵の集中していた上方の十一の地域、すなわち大坂・伝法・北在・池田・伊丹・尼崎・西宮・今津・兵庫・上灘・下灘に、和泉国の堺を加えたもの。まだまだ関東近郊の酒は、上方にはかなわなかったようだ。やはり上方の酒の品質がよかったわけだ。元文五年(1740)には、伊丹酒の『剣菱酒造』が将軍の御膳酒に指定されていることからもわかる。

 江戸時代は樽にお酒を入れて運搬し、はかり売りをしていた。杉の四斗樽(72リットル入り)が運搬・販売容器の主流であった。上方でつくられた上質の酒は、大型船「弁才船(べさいせん)」により約600kmの海路を運ばれた。

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●八百屋・乾物屋(叶屋)

 黒塗りの屋造である。店の横から店内がのぞける。

 

 さて江戸の食は、地産地消がこの時代の基本である。野菜は「四里四方」といわれ、およそ8kmから16km圏内でとれた野菜を食べていた。

「寺島茄子」の墨田区寺島は、日本橋から6.6km、「小松菜」の江戸川区小松川は約8km。「滝野川ごぼう」の北区滝野川は8.8km、「練馬大根」の(練馬区)練馬は約13kmで、「井荻うど」の杉並区井荻で日本橋から17kmである。いずれも早朝に江戸へ運べば、その日のうちに売り切ることができた。

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 ところで大通りには、野菜の行商、青物売りの姿が多い。近くの神田市場で仕入れたものや近在の農家から出向いてきた者もいたらしい。絵によれば、おそらく大根、にんじん、筍(タケノコ)、ごぼう、里芋、ねぎなどの野菜が売られているようである。

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 しかし厳密に考えると、野菜の季節が合わない。《熈代勝覧》に描かれた「十軒店の雛人形市」は2月の終りから3月上旬である。この時期、大根は出回っているが、にんじんはない。筍も45月が旬であるし、里芋は夏から冬場、ねぎも冬である。たぶん《熈代勝覧》は、特定の時期ではなく、春先から初夏あたりの季節が混在している。(これは後述するが、鰹がたくさん描かれ、日本橋の河口で水遊びをするこどもの姿も描写されていることからも明らかである)

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