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2013年3月の31件の記事

昭和のテレビ・ヒーロー《鉄人28号》

昭和30年代、《鉄人28号》は、アニメ・ヒーローだった。

いまでも主題歌は、口をついてくる。

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ビルのまちに ガオー

夜のハイウエーに ガオー

ダダダダ ダーンと たまがくる

ババババ バーンと はれつする

ビューンと 飛んでく 鉄人28

 

手をにぎれ 正義の味方

たたきつぶせ 悪魔のてさき

敵に渡すな 大事なリモコン

鉄人 鉄人 はやくゆけ

ビューンと 飛んでく 鉄人28

 

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 テレビ放映は昭和38年(1963)、フジテレビ系であり。江崎グリコの提供であった。もっと昔、昭和35年(1960)には実写版の「鉄人28号」が放送されていたそうだが、見た記憶がない。

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 ストーリーだが、実は太平洋戦争中に日本陸軍が、秘密兵器として開発していた大型ロボットが、「鉄人28号」であった。これが戦後に現れ、主人公の金田正太郎少年(少年探偵)によってリモコンで操縦される。悪人や犯罪者や悪さをするロボットをやっつけるという設定だった。

 

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 なんとなくわくわくする番組で、目が離せなかった。間違いなくアニメ・ヒーローだった。

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《GUGU CAFE》ハンバーグのランチ

東京スカイツリーに近い住宅街の《GUGU CAFE》。(ググカフェ、京都墨田区向島1-26-8

03-6751-8602)ここの週替わりのランチがおすすめである。料理は、家庭の奥様がつくるようにやさしい味だ。

Gugu

 デミグラス・ソースのハンバーグ。ポテトサラダと野菜が付いて、750円。コーヒーか紅茶にミニデザートも付く。なんといってもパティシエの若い女性主人がつくるデザートもうまい。

Gugukohidezato

Gugumusu

 この日はヨーグルトムース。隠れた名店だと思う。

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昭和のテレビ・ヒーロー《白馬童子》

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 昭和30年代、《白馬童子》はヒーローだった。

主題歌は、こんな感じだった。

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  チャン チャン チャンバラリン

チャン チャン バラバラ チャン チャンバラリン

白馬童子が 飛んで行く さぁ大変だ (大変だ)

それ行け 見に行け みんな行け

悪人ばらを 蹴散らすぞ ヘイ!

またがる白馬は 流れ星

白馬(白馬)童子(童子) 白馬(白馬)童子(童子)

チャン チャン チャンバラリン

チャン チャン バラバラ チャン チャンバラリン

 

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テレビの放映は、昭和35年(19601月から9月、全38回。

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事件が起こると、白馬に乗り、白い獅子のたて髪をなびかせ、白装束に身を包んだ『白馬童子』として登場。白馬の名は『流れ星』。名刀『日輪丸』の刀を振りかざし、見事な「電光二刀流」で悪人たちをやっつけていくストリー。

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その正体は将軍の落とし種・浪人、葵太郎。

 

故・山城新伍が主演、当時はカッコよかったので子供たちには、大人気であった。高視聴率を獲得し、俳優・山城としての当たり役となり、代表作となったそうである。

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浅草《隅田公園》桜はまだ満開

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 例年になく早めに開花した東京の桜。このところ寒い日が続き、まだ《隅田公園》の桜は散らずに、満開を守っている。まだまだきれいだ。

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 隅田公園は、浅草駅からすぐ、隅田川沿いにある。川をはさんで東京スカイツリーが望める。今朝のツリーは、雲に霞んでいた。

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どうなの?《2020年東京オリンピック》

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 2020年東京でのオリンピック開催が決まれば、その経済効果は東京地区で約9600億円、全国規模で約12239億円だそうだ。しかし、東京都は施設整備費などの経費に最低でも約9600億円かかると試算されている。(経済効果推定額と同じで、これでは儲からない事業である)

 今年201397日のIOC総会で開催地が決まるが、東京の競争相手はマドリード、イスタンブール。マドリードや東京に目新しさはない。イスラム圏初のトルコ開催が有力ではないだろうか。地元の盛り上がりもイスタンブールがリードしているときく。

アジアとヨーロッパの架け橋でもあるイスタンブール。以前行ったことがあるが、エキゾチックでよい街だ。とても親日的な印象もある。日本人なら「東京」開催をのぞむべきだろう。そういえば、1964年の東京五輪からまもなく50年なのだ。

しかしイスタンブールが本命だと。つくづく思う。

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春の陽気に誘われて《東京スカイツリー》驚異の5時間待ち

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 春休みに突入。陽気が良いせいか、スカイツリーの当日券は、11時には5時間待ちとなった。知る限り、平日では最高の人気だろう。つまり、11時に16時から1630分に入場できる整理券をもらうというわけだ。したがって15時頃には、その日の入場枠を完売してしまうということである。(2013326日情報)

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 やはりこの時期は、営業開始の午前8時に並ぶか、あるいは人が少なくなる午後8時頃でないと、すんなり入場はできないだろう。(最終入場は午後9時で営業は10時まで)

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それなら指定旅行会社やオフィシャルホテルで販売している「日付指定券付きツアー」に申し込むのが得策。なぜなら「時間」の指定がないため、好きな時間に登れるし、当日券と違って並ぶ必要はない。日付指定や日時指定(WEB予約)のチケットは、専用のメインの入口がある。とくに関東以外の地方から来る場合は、「日付指定券付きツアー」に限る。浅草周辺や都内のホテル宿泊と組み合わせた格安のツアーもたくさんある。

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昭和の中華食堂《生駒軒》@浅草雷門で「焼きそば+半カレー」

 浅草雷門の《生駒軒》でソース焼きそば・半カレーライスのセットをいただく。通常のメニューにはない。これで850円。

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 ここのカレーライスはうまい。野菜は玉ねぎとにんじん。豚肉少々。片栗粉でとろみをつけてある。やはり隠し味は、豚骨・鶏ガラ・昆布・煮干しの(ラーメン用)スープである。やさしい味である。

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 もちろんスープも付く。ソース焼きそばは、単独でもよく食べる。絶妙のソース味。キャベツともやしに豚肉という定番である。

 こんなメニューを気持よくつくってくれるのも「昭和の中華食堂」ならではである。

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東京ソラマチ《プロント》で「きびなごのカルパッチョ」

 軽く1杯飲みたいときには、《プロント》で生ビールやハイボールを飲む。スカイツリータウン、昼間は混雑しているが、夜はそうでもない。PRONTO 東京ソラマチ店(

東京都墨田区押上1-1-2 東京スカイツリータウン・ソラマチ 1F St.ストリート)。

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 「五島フェア」で、きびなごやアオリイカのメニュー。きびなごは、カルパッチョである。オリーブオイルとポン酢の味付け。生タマネギのシャキシャキ感にわけぎがあう。しかしきびなごは、酢みその方がうまいと思う。いずれにせよ、新鮮だ。

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 締めはピザの定番「マルゲリータ」である。ビールにもぴったりだ。

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昭和のテレビ・ヒーロー《少年ケニヤ》


 昭和30年代、《少年ケニヤ》はヒーローだった。

残念ながら主題歌は、歌いにくかった。

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ウーウーウーウー ウーウー ウウーウー

 アフリカだ ジャングルだ ウー アッ

 黒い瞳に バラの頬

 ワタルは強いぞ ウッ

 ダーナが味方だ ウッ

 赤蟻 トカゲ 何でも来い

 ウーウーウーウー ウーウー ウウーウー

 進めよワタル 少年ケニヤ

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昭和36年(19615月から昭和37年(19622月までNET(現:テレビ朝日系)で放送されていた。

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 舞台はアフリカのケニヤ地方。ここは豊富な地下資源をもつ未開の宝庫であるとともに、猛獣王国としても知られている。ここへ原子科学の権威「村上博士」が、動物好きな一人むすこ「ワタル」(山川ワタル)とウラニウム鉱調査にくる。ところが飛行機が悪者の撃った銃弾にあたったためパラシュートで不時着し、父と子は別れ別れになる。

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  ワタルはピッコロを吹きながら父を求めてさ迷ううち、しゅう長の座を追われたマサイ族の「ゼガ」にあう。ワタルは彼を助け、ポロ族とマサイ族をまどわす魔神山の三悪人をこらしめようと勇敢に戦う。正義と博愛の心にもえる少年英雄ワタル。彼が出あういろんな土着の民族、猛獣、悪人たち。異境の地にくりひろげられる冒険と活劇が、変化の多い筋立てでどっさり仕組まれている。(参考:昭和3654日、朝日新聞)

 

主人公のワタルがピッコロを吹くと、ゴリラやライオンなどの猛獣も静かになり、いうことをきくようになる。それにしても現地人たちが、日本語を話すというのも考えればおかしな話だが、こども番組だからよしとしよう。とにもかくにもストリーの展開が速く、ワクワクしながらみた覚えがある。夏休みに再放送もしていた。

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花見で《東京スカイツリー》

 例年より12週間近く早く咲いた桜。五分から七分咲きくらいだろうか。スカイツリーに程近い牛嶋神社と隅田公園から撮影。

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 おそらく週末には満開だろう。

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昭和のテレビ・ヒーロー《ナショナルキッド》

 昭和30年代、《ナショナルキッド》はヒーローだった。

いまでも主題歌は、口をついてくる。

 

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 雲か 嵐か 雷光(いなずま)か

平和を愛する人のため

諸手(もろて)を高くさしのべて

宇宙に羽ばたく快男子 おゝ

その名はキッド ヘイ

ナショナルキッド

僕らのキッド キッド

ナショナルキッド

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 テレビ放映は、NET(いまのテレビ朝日)で昭和35年(1960)から36年(1961)だったらしい。まだまだ幼少の頃だったので、細かいストーリーは覚えていない。

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 電気メーカーのナショナル(松下電器、いまのパナソニック)が、こどもたちのために多額の予算を投じて制作した番組だそうだ。だからメーカーが違っていれば「日立キッド」か「東芝キッド」でもおかしくなかった。番組のオープニングで空を飛ぶナショナルキッドが、「ナショナル」の電飾塔を通り過ぎる場面が出てくるのも、タイアップのためである。

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 ナショナルキッドは、遠く離れたアンドロメダから地球防衛のためにやって来た。光線銃を使い、警視庁に協力して悪を懲らしめる。普通は宇宙研究所の所長であり、必要に応じてキッドに変身するのであった。

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東京ソラマチ《宮武讃岐うどん》の「大江戸あさりうどん」

 東京スカイツリータウン、東京ソラマチ3階のフードコート(タベテラス)にある人気のうどん屋さんである。大江戸あさりうどんを食べた。

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「あさり」の旬は春と秋。冬場は身がやせていておいしくない。関東では5月と10月が産卵期で、その直前の3月から4月そして9月にとれるものが、身がつまっていておいしいそうだ。

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 「大江戸あさりうどん」だが、大きめのあさり、きのこに海苔が入っている。あいかわらず太い麺である。あっさりしたコンブだしの汁もうまい。590円。この《宮武讃岐うどん》は、あまりハズレはない。

結構混みあっていて、いつも行列だが、回転が速いので心配は無用。味も値段も良心的な店である。

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《キッチン 菜根譚》茄子とベーコン生パスタ

東京スカイツリーの近く《菜根譚(さいこんたん)》で生パスタをいただく。この店は、「トマト・ソース」か「ホワイト・ソース」を選べる。で、今回はトマトである。

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茄子とベーコンは、妙に相性がよい。茄子がべちゃっとしていない。ベーコンも存在感があった。なかなかである。

■キッチン 菜根譚

■東京都墨田区向島1-24-12

TEL0336213057

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《東京スカイツリー》強風でまた営業中止

 平成25318日(月)、強風の影響で《東京スカイツリー》が終日営業を中止した。先日(313日)のスットプに続いての事例である。

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「本日3/18(月)の東京スカイツリー展望台営業中止について」

お客様各位

318日(月)東京スカイツリー展望台は終日営業を中止いたします。皆様にご迷惑をおかけして、大変申し訳ございません。

東京スカイツリー周辺では、非常に強い風が吹いており、今後も状況の回復が見込めない事から、安全を第一に考え展望台営業を終日中止いたします。

お客様・ご関係の皆様には多大なるご迷惑をおかけして、誠に申し訳ございません。

東京スカイツリーでは、今後も安全を第一に運営をおこなってまいります。

318日(月)の指定入場券の取り扱いについて

●個人のお客様

318日(月)の指定入場券は、30日以内の4/16(火)まで振替入場が可能です。

    通常振替入場時は、当日券の列にお並びいただき入場までお時間がかかりますが、

318日の振替については、お並びいただく事なく優先的にご案内いたしますので、現地スタッフに「318日からの振替」である旨をお申し付けください。

30日以内でのご入場が難しい場合などは、コールセンターまでお問い合わせください。

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●団体のお客様

お取消料はいただかず、お取消をお受けします。

なお、団体のお客様については、申し訳ございませんが、入場時間や別日への振替入場は出来かねますのでご了承ください。

詳しくは、団体予約センターへお問い合わせください。

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 「安全第一」だから仕方がないが、こんなに度々中止があると、もしかしてエレベーターの設計ミス?なんていう人もいる。構造上、外部に露出する部分が多く、風の影響を受けやすいからかもしれない。

 個人で予約された方は、「振り替え」ができるが、団体客はあきらめるしかない。決められた団体のエレベーター搭乗人員があり、連日満員のためである。強風でストップするのは、安全上、仕方がないとしても、もう少し余裕をもった団体のオペレーションをすれば、翌日へ振り替え入場も可能かと推察する。もちろん地方からやって来る団体で日程的に調整ができない場合もあるのだが・・・。

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十割そばの《むさし》再び

東京スカイツリーの近く、十割そばの《むさし》(東京都墨田区押上2-2-1)である。再びランチタイムの「カレー丼セット」840円を食べた。今度は、かけそばにした。なんといっても、おそば屋さんのカレーはうまい。

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 そばは、冷たい「せいろ」の方が、そば本来の風味がわかる気がした。かけそばの汁は少し甘口で、これもまた水準以上だと思う。

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東京ソラマチ《肉そば なりひら》で「桜えびかけそば」

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 春。桜の開花情報もきかれる。東京スカイツリーはソラマチ3階、タベテラスの《肉そば なりひら》で「桜えびかき揚げ天」のかけそばを食べた。

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大きなかき揚げである。ここはそばがうまい。風味がある。春らしい季節感がある桜えびである。750円。少し高い気がする。

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昭和のテレビ・ヒーロー《宇宙少年ソラン》

昭和40年代、《宇宙少年ソラン》は、アニメ・ヒーローだった。

いまでも主題歌は、口をついてくる。

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  ソラン ソラン ソラン はるかな宇宙から

  ソラン ソラン ソラン 虹を超えてやってきた

胸に輝く秘密のペンダント 燃え上がるライト

みなぎる力

さあ行くぞ チャッピー みんなが待っている

宇宙少年ソラン ソラン ソラン ソラン

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 《宇宙少年ソラン》の放映は、昭和40年(1965)から42年(1967)。TBSで放送されていた。提供は森永製菓である。

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  地球で生まれた少年が、地球の15倍の重力のある「ソラン星」で育ち、その環境に耐えるため、体はサイボーグ化された。やがて地球にもどり、生き別れになった姉を「ペンダント」をたよりにさがす。予知能力のある宇宙リスのチャッピーを仲間にして、続々と発生する難事件に挑む。

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  ソランは高速度で走ったり、空をとんだり、水中で息をすることもできる。すばらしいジャンプ力、並みはずれた怪力。とにかく頑丈な体が武器であった。

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そして科学を悪用する連中との戦いに明け暮れることになる。

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昭和のテレビ・ヒーロー《七色仮面》

 昭和30年代、《七色仮面》はヒーローだった。

いまでも主題歌は、口をついてくる。

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 とけない謎をさりとといて

この世にあだなす者たちを

デンデントロリコ やっつけろ

デンデントロリコ やっつけろ

七つの顔のおじさんの

本当の顔はどれでしょう

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 テレビ放映は、昭和34年(1959)から35年(1960)だったらしい。まだ幼少のみぎりで詳しく覚えていないが、主題歌はしっかり歌える。

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 恐怖のコブラ仮面に殺されたと思われていた探偵・蘭光太郎。だが、姿を変えてパイナップル型黄金のマスクを装着し、2丁拳銃で現れたのが七色仮面だった。

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 七色の人に変身するのが特技。時には髭の紳士に、時には謎の中国人に・・・。瞬間移動のテレポーテーションの能力ももっていた。なお、拳銃で悪役・コブラ仮面やキングローズと戦うが、決して殺しはしない。また、七色仮面も決して敵の銃弾をよけたりしない。不死身なのだ。

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 しかし七色仮面のお面を神社の縁日で買ってもらったが、飾ったままだった。仮面をかぶると前がまったく見えなかったからだ。

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《東京スカイツリー》とWBC(ワールド・ベースボール・クラシック)

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東京スカイツリー前の河津桜が満開である。今年は冬が寒かったため、遅れ気味だ。

 ところで日本が、2次予選から準決勝進出を決めた「ワールド・ベースボール・クラシックWORLD BASEBALL CLASSIC」の東京ラウンドのポスターは、スカイツリーと浅草寺が描かれている。スカイツリーは、いまや日本でも注目の観光地だからデザインされたのかもしれない。しかし野球とはまったく関係がないと思う。(世界一の自立電波塔だから)3連覇という「頂点」を目指せということなのか。きびしいとは思うが、がんばれニッポン。

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《熈代勝覧》江戸時代、日本橋の店舗模様【その15】最終回

◆日本橋北橋詰

 魚河岸が近く、群衆でごった返している様子。

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 徳川家康の関東入国の後、上方の摂津から漁師が佃島に移り住み、幕府の膳所に供するために漁業を営んだ。その後、毎日上納する鮮魚の残り分を、舟板の上で並べ、日本橋のたもとで売るようになった。これが魚河岸(魚市場)と呼ばれた。日本橋魚河岸の始まりといわれる。

 この日本橋魚河岸は、関東大震災で壊滅して現在の築地に移転されるまで、300年以上にわたって、日本橋北詰の江戸橋との間、本船町から本小田原町にかけての一帯にあった。江戸から東京の台所として、活気にあふれていたわけだ。

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 いまのように冷蔵・冷凍技術のない時代、鮮度の落ちやすい魚をどう扱ったのか。これは素朴にして最大の疑問である。

たとえば、房総沖でとれたサンマは、その場で軽く塩を振って、すぐに高速船に積み込み、日本橋の魚市場へ運んだ。そして早朝を目安に陸揚げされた。

1日波に揺られている間に、塩かげんがほどよくなじみ、天下一品の淡塩(あわしお)サンマになったという。江戸っ子は、これを「ハンジヨ(半塩)」と呼び、焼いて食べていた。「半塩」は、淡塩がほどよくなじんだサンマのことで、脂がのった最高の味加減で食べていたことになる。

 また鮮度を保つために、江戸時代の日本橋周辺では養殖も盛んであり、鯛・平目・海老の生け簀が多くあったそうだ。

 生の魚を遠方から運ぶために、帆走高速船がつくられた。「押送船(おしおくりぶね)」である。漕走併用の小型の高速船で、江戸周辺の伊豆、相模、房総などで漁獲された鮮魚類を江戸へ輸送するために使用された。

 高速航行を行うために、細長い船体と鋭くとがった船首を持つのが特徴。文化十年(1813)の史料では、全長385寸(11.7m)・幅82寸(2.5m)・深さ3尺(0.9m)の船体で、3本の着脱式のマストと7丁の櫓を備えていたそうだ。また、一般の帆走船では艪を使用するのは無風時に限られるのに対し、押送船では、帆のほか常に櫓も使って漕走した。船体の片方に4人ずつ、計8人で力を合わせて櫓を漕いだ。

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(広重 押送船)

 押送船は東京湾などを航行する海船であるが、積荷を魚問屋へ陸揚げするために、江戸市中の河岸までも進入するので、法的には川船役所の監督下に置かれた。他方、積荷の鮮度を保つために、江戸へ入る船舶を監視する浦賀番所で検査を受けずに通航できる特権が与えられていた。

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(日本橋に到着後、魚を荷揚げする押送船、『熈代勝覧』より)

 ところでこの船のスピードだが、約100kmの距離を最短8時間で運んだとされる。平均時速は12.5kmとなり、現在の船の速度単位では8ノット弱ということになる。和船としては速い。当時江戸小田原間は一泊二日の行程であり、房総半島南部にある館山日本橋間なら三泊四日の行程とされていたが、この船は1昼夜である。

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(魚売りの棒手振り 『熈代勝覧』より)

 鮮魚が日本橋の魚河岸に水揚げされ、新鮮な魚を客に届けるために活躍したのは、「棒手振り」と呼ばれる魚の行商人たちだった。朝早く魚河岸に出向き、仲買人から水揚げされたばかりの鮮魚を仕入れる。魚は水を張った平たい桶(盤台:ばんだい、たらい)に入れ、天秤棒で担いで町に駆け出して行く。日頃の得意先回りで、朝仕入れた新鮮な魚をなんとかお昼までに売り切る。鯉、どじょうなどの川魚や蛤、あさり、しじみなどの貝類は、生きたまま運んで売る棒手振りがいた。ちなみに固定店舗の「魚屋」では、鮮魚ではなく干物や塩漬の魚が売られた。これが江戸の魚介類の流通形態である。

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 さて、江戸時代にはどんな魚が獲れたのだろうか。

江戸前の魚介類では、キス・サヨリ・ギンポウ・アジ・コチ・スズキ・ボラ・シラウオ・コハダ(コノシロ)・アナゴ・シャコアカガイ・ミルガイ・アオヤギ・トリガイ・ハマグリなど。相模灘や銚子沖ではタイ・サバ・ブリ・イワシなど。浅草・佃島・深川・品川ではウナギも獲れた。

 そういえば、江戸時代の「初物買い」の話がおもしろい。鰹(かつお)の話題である。

初鰹を食べることが、どんなに嬉しいことであるかがわかる。(略)鰹は「勝魚」に通ずると、武士は大いに賞味したという。門出の祝い肴や贈答品として価値のある魚であった。旧暦四月(現在の五月)ともなると、黒潮にのって伊豆沖でとれたものが小田原や鎌倉などに水揚げされて、馬による陸路または船による海路で江戸に送られてくる。

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(日本橋界隈での鰹売り)

 将軍家への献上分が除かれて、残りを競うようにせり落とし、料理屋や豪商が持っていき、その残りは威勢のよい魚売りがまな板と包丁をかかえて、市中に飛び出して行く。そして庶民も大枚をはたいて粋な心意気を示すためにも鰹を買い、からし、醤油で舌鼓をうったのである。

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(日本橋界隈、鰹を調理してくれる魚売り)

 1812(文化九年)三月二十五日に入荷した17本の初鰹に、1本二両一分から三両という値がついたという話は有名である。うち六本は将軍家へ、八本は魚屋が仕入れ、三本を料理屋として名を馳せた八百善が買った。そして魚屋から一本を役者の中村歌右衛門が三両(現在の10万円ほど)で買ったという。江戸のグルメの一端をみる話である。(引用:『江戸のファーストフード』大久保洋子著、講談社)

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(鰹の刺身 4月勝浦産 いさりびで)

 「鰹」の旬は二回ある。4月から8月の初夏に、黒潮にのって三陸沖まで北上するものを「初鰹」、「のぼり鰹」と呼ぶ。さらに夏から秋にかけて10月から11月頃、南下するものを「戻り鰹」、「くだり鰹」という。後者の鰹の方が、脂がのっていてうまいが、初鰹も脂こそ少ないがねっちりした食感がよい。“目に青葉 山ほととぎす 初鰹”といわれるように、季節を運んで来る魚として、とくに「初鰹」は江戸時代には人気があった。現在、国内での鰹の漁獲量は、気仙沼(宮城)・勝浦(千葉)・石巻(宮城)がベスト3である。

 もうひとつ、おもしろいのが江戸時代の魚介類のランク付けである。江戸時代の料理書の中で、魚介類の格付けをした最も詳細な記載のあるのが「黒白精味集(こくびゃくせいみしゅう)(宝暦14年または明和元年、1746)だ。上中下の魚を3例ずつ記している。どうやら魚の格付けは重視されていたらしい。

                 中        下

アカガイ・シラウオ アイナメ  イワシ

アマダイ・スズキ  アサリ   カド(ニシン)

アユ・タイ      アジ   カニ

アワビ・タラ     アラ   クジラ

アンコウ・フナ   イカ    コノシロ

イセエビ・マス   イシモチ  サバ

カキ         ウナギ   サメ

カレイ        カツオ   シマアジ

キス         サザエ   ドジョウ

クルマエビ      タコ    ハゼ

コイ         タニシ   フグ

サケ         ナマリ   ブリ

サヨリ        ハマグリ  マグロ  

サワラ        ヒラメ   ムツ

シジミ        ボラ  

 よく知られているが、江戸時代には「マグロ」は下位にランクされていた。収穫量が多く、マグロの俗称が「シビ」であり、「死」を連想させるため、忌み嫌われていたようだ。赤貝、白魚、アマダイ、スズキ、鮎、鯛などが上位なのは、若干現代とは違うように思う。

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 さて『熈代勝覧』に描かれた魚売り。初夏の風物詩である鰹が多いが、赤い鯛も見える。ひらめのような平たい魚も売っているようだ。春から初夏の魚が混在して描かれているのも興味深い点である。

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昭和のテレビ・ヒーロー《スーパージェッター》

昭和30年代、《スーパージェッター》は、アニメ・ヒーローだった。

いまでも主題歌は、口をついてくる。

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「ぼくはジェッター。1000年の未来から時の流れを超えてやって来た。

流星号、応答せよ、流星号。来たなー、よーしゴー。」

 

未来の国からやって来た

知恵と力と勇気の子

進めジェッター 嵐をくだけ

走れ流星 まっしぐら

マッハ15のスピードだ

(エネルギー全力噴射)

ジェッター ジェッター スーパージェッター

われらのスーパージェッター

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 放送は昭和40年(1965)から41年(1966)、TBSであった。30世紀のタイムパトロール中、ジェッターは悪人を追跡していたが、衝突事故で、タイムマシン「流星号」が故障して20世紀に落下してしまった。ここ20世紀で国際科学捜査局に要請され、犯罪の捜査に協力することになった。

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 ジェッターは、未来人であるため、現代人よりもすぐれた体力と知能をもつ。腕時計型のタイムストッパーで、重力を調整して空中を飛んだり、周囲の時間を30秒止めてしまったりする。

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 身につけているのは、バラライザー銃(敵をしびれさせる)、防弾スーツに赤外線ゴーグル(透視ができる)などだ。

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 ジェッターが乗るのは、車型のタイムマシン「流星号」である。通常の走行のほか、もちろん空も飛べる。流線形のボディーだが、最高速度はマッハ15。水中を潜水することもできる。電子頭脳を備えており、自力走行もする。なんといっても、腕時計の形をした無線機で、「流星号、応答せよ。流星号。」というセリフが抜群にカッコよかった。

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《熈代勝覧》江戸時代、日本橋の店舗模様【その14】

◆室町一丁目(さらに続き)

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●小間物問屋(日光屋七郎兵衛) 

 ここも黒塗り土蔵造である。屋根から下がる黒地に白文字の看板には「痎(咳)一通請合(せきの妙薬)」と読める。薬も扱う小間物問屋だが、店の中には黒い陣笠も見える。はたして小道具も扱っていたのか。

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 『江戸買物独案内』に、室町一丁目、小間物問屋として「日光屋七郎兵衛」の広告がある。横棒三本、中央に丸の独特の商標(商号)である。

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●八百屋

 店の前には「室町一丁目」と書かれた防水桶が置かれている。店内には木箱に入った野菜が何種類か置かれている。

 

野菜は収穫の時期が決まっていて、旬のものを食べていたわけだが、江戸時代でも賢い人がいるもので、一部では促成栽培される野菜もあった。当然、本来出回らない季節に、野菜を売れば、高く売れる。天保十三年(1842)には、そんな促成栽培を禁止するお触れが出ているのがおもしろい。

 

 その季節にならないうちに売り買いしてはならない。近頃、初物を好む傾向がエスカレートし、ことさら料理屋、茶屋などでは競い合ってそんな促成栽培の野菜を仕入れて客に高く提供する。たとえば、きゅうり、茄子、いんげん、ささげやもやしなどだ。部屋の中で炭火を焚き、暖かくして野菜を速く育てて売っている。この種の不埒(ふらち)な行為を禁止する。(参考:『江戸のファーストフード』大久保洋子著、講談社)

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●酒問屋(亀田屋)

 店の中には酒樽が3個見える。左から九曜紋、山印、山一印の樽である。このうち「九曜紋」は伊丹の酒造であろう。「山印」は、上方大坂は池田の大和屋庄左衛門の銘酒・山印だろうか。いずれも人気の酒である。

 

 上方で生産され、大消費地江戸へ輸送され消費されるものを総じて下りものという。「下り酒」も下りものの典型的な商品であった。上方でも 摂泉十二郷(せっせんじゅうにごう)という地域の酒蔵で、造られる酒は味も品質も良く、江戸でも定評があった。

 ちなみに摂泉十二郷は、摂津国の中で酒蔵の集中していた上方の十一の地域、すなわち大坂・伝法・北在・池田・伊丹・尼崎・西宮・今津・兵庫・上灘・下灘に、和泉国の堺を加えたもの。まだまだ関東近郊の酒は、上方にはかなわなかったようだ。やはり上方の酒の品質がよかったわけだ。元文五年(1740)には、伊丹酒の『剣菱酒造』が将軍の御膳酒に指定されていることからもわかる。

 江戸時代は樽にお酒を入れて運搬し、はかり売りをしていた。杉の四斗樽(72リットル入り)が運搬・販売容器の主流であった。上方でつくられた上質の酒は、大型船「弁才船(べさいせん)」により約600kmの海路を運ばれた。

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●八百屋・乾物屋(叶屋)

 黒塗りの屋造である。店の横から店内がのぞける。

 

 さて江戸の食は、地産地消がこの時代の基本である。野菜は「四里四方」といわれ、およそ8kmから16km圏内でとれた野菜を食べていた。

「寺島茄子」の墨田区寺島は、日本橋から6.6km、「小松菜」の江戸川区小松川は約8km。「滝野川ごぼう」の北区滝野川は8.8km、「練馬大根」の(練馬区)練馬は約13kmで、「井荻うど」の杉並区井荻で日本橋から17kmである。いずれも早朝に江戸へ運べば、その日のうちに売り切ることができた。

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 ところで大通りには、野菜の行商、青物売りの姿が多い。近くの神田市場で仕入れたものや近在の農家から出向いてきた者もいたらしい。絵によれば、おそらく大根、にんじん、筍(タケノコ)、ごぼう、里芋、ねぎなどの野菜が売られているようである。

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 しかし厳密に考えると、野菜の季節が合わない。《熈代勝覧》に描かれた「十軒店の雛人形市」は2月の終りから3月上旬である。この時期、大根は出回っているが、にんじんはない。筍も45月が旬であるし、里芋は夏から冬場、ねぎも冬である。たぶん《熈代勝覧》は、特定の時期ではなく、春先から初夏あたりの季節が混在している。(これは後述するが、鰹がたくさん描かれ、日本橋の河口で水遊びをするこどもの姿も描写されていることからも明らかである)

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東京ソラマチ《おこわ 米八》の「花がすみ 弥生弁当」

 季節は確実に春である。この間までの寒さが、うそのようだ。そこで、東京ソラマチ2階のフード・マルシェで《おこわ 米八》の「花がすみ 弥生弁当」を食べた。

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 おこわが2種類。煮物(高野豆腐、蓮根、にんじん、ふき)がうまい。このほか、くわい団子、タケノコと菜の花の柚子和え、厚焼きタマゴ、いんげんゴマ和え、ポテトとウィンナーのトマトソース、漬物、煮豆、饅頭半分などなど、具材が豊富である。これで880円。ちょっとごはん(おこわ)の量が少ないかもしれない。

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 菜の花は、季節を感じる。そういえば、桜えびも入っていた。なんとなく、春めいて楽しくなるお弁当だ。

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《シネマッドカフェ》Cine Mad Caféスカイツリーの近く

 とうきょうスカイツリー駅から(浅草寄りの)改札を出て、右の歩道を行き、パン屋の角を曲がると、《シネマッドカフェ》である。わずかに徒歩2分。映画狂のカフェというか、映画好きのマスターが開いたカフェだ。店内の壁には、洋画のレプリカポスターが貼られている。

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ランチでハンバーグ・カレーをいただく。まず、本日のスープでコンソメスープ。うまい。カレーは、フルーティーでフォンドボーの効いた欧風だ。なかなかのもの。付け合せのサラダは、レタスにパイナップルなどの果物も入る。小切りのベイクトポテトもある。結構なボリューム。コーヒーも付いて950円。なかなか雰囲気のよい店で、マスターや奥様の接客も、ちゃらちゃらせず正統派である。Photo_2

    シネマッドカフェ

    東京都墨田区押上2-1-1

    TEL0362404517

    営業時間/10002200 月曜定休

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《熈代勝覧》江戸時代、日本橋の店舗模様【その13】

◆室町一丁目(続き)

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●塗物問屋(伊勢屋利助)

 黒塗土蔵造の店舗。店内では店の主人が算盤をはさんで客におじきをしているようだ。

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 『江戸買物独案内』に、室町一丁目、塗物問屋として「伊勢屋利助」の広告がある。

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●味噌問屋(太田屋)

 店の中には味噌の樽が、いくつか見える。店先の大きな板看板は「上赤味噌大安売り 太田屋」読める。

 屋根には黒い木枠で固定された二つの甕(かめ)が見える。味噌甕らしい。店の前では、味噌の積荷だろうか、大きな荷を馬の背から降ろしている様子。

 

 徳川家康の命を受け、江戸初期から中期に誕生したのが「江戸甘味噌」である。米麹をたっぷり使う一方、塩分は少なめの香りが芳醇な赤味噌。将軍家の出身地・三河「八丁味噌」の旨みと、京都「白味噌」の上品さを兼ね備えた味噌として開発された。通常の辛口味噌の塩分が、12%前後なのに対し、江戸甘味噌は6%程度と半分に抑えられ、この低塩分から、特有のしっとりとした柔らかな舌ざわりが生まれるそうだ。

 この味噌が持つ本来の甘みやうまみが、素材の味を引き立てるだけではなく、江戸甘味噌に多く含まれる糀が、肉や魚の臭みを押さえる働きをし、塩分が少なく通常の味噌より沢山の量を使えるため、料理が「こく」のある深い味わいに仕上がるという。どじょう汁、鯉こく、かきの土手、鍋煮込み料理、鯖の味噌煮、田楽味噌などに最適である。

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●八百屋・乾物屋

 店先で腰掛けたご隠居が、店番をしている様子だ。土間には、木箱に入れた野菜が何種類か、並んでいる。奥には引き出しがいくつも見える。のれんには、八百屋のほか、「かんふつ(乾物)」の文字も読める。

 

 ところで江戸時代にもブランド野菜があった。いまの東京23区内の産地直送野菜である。

 

駒込ナス(文京区)、亀戸大根(江東区)、寺島ナス(墨田区)、谷中ショウガ(荒川区)、三河島菜と枝豆(荒川区)、小松菜(江戸川区)、葛西蓮根(江戸川区)、足立の水ゼリ(足立区)、足立の夏菊(足立区)、金町コカブ(葛飾区)、千住ネギ(葛飾区)、下千葉小カブと糸ミツバ(葛飾区)、中野甘藍(葛飾区)、本田ウリ(葛飾区)、雑司ヶ谷ナス(豊島区)、滝野川ニンジンとゴボウ(北区)、東京大越ウリ(中野区)、クリの豊多摩早生(杉並区)、井荻ウド(杉並区)、高井戸節成キュウリ(杉並区)、陸稲の藤蔵糯(世田谷区)、居留木橋カボチャ(品川区)、品川ネギとカブ(品川区)など。

(参考:「江戸・東京の農業」JA東京中央会)

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●紙問屋(越前屋)

 店の中には紙が積まれている。どうやら人の姿は見えない。

 江戸時代になると、紙の需要は急増した。公家や僧侶、武士たちの記録などに使い道が限られていた紙が、江戸時代の中心・町人たちによって、飛躍的に消費された。とくに出版文化の発展は、紙の需要を大きく伸ばすことになる。浮世草紙が 元禄年間に隆盛をきわめ、 洒落本、人情本、滑稽本、談義本、黄表紙などが流行し、京都に始まった出版業は江戸、大坂へと移り、さらに発展し、紙の需要を拡大させていった。また、庶民の生活様式の変化もある。障子紙、ふすま紙をはじめ、鼻紙やちり紙までもが生活必需品になっていった。

 

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●小道具問屋(伊勢屋)

 町を歩けば「伊勢屋」である。2階の屋根から下がる看板が二つ。「平生 産前 清婦湯」と「神仙巨勝子圓」とある。向かって右側の屋根から下がる算盤型の看板。左側には兜と陣笠の絵が描かれた看板である。小道具を扱い、薬種も扱っていたようだ。

 「清婦湯」は、産前産後はもちろん、通常でも婦人特有の血の道に効果がある薬である。血行を良くし、自律神経を安定させ、新陳代謝を旺盛にする。女性特有の症状であるヒステリー、生理不順、頭痛、のぼせ、めまい、耳鳴り、冷え性、産前産後におこる病気などを改善するという。

 

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 「神仙巨勝子圓 」は、大阪日本橋堺筋北三丁目の若林宗哲(御薬調合所)の家伝の薬で、江戸では市ヶ谷田町一丁目の大阪屋彦兵衛が販売している。(『江戸買物独案内』)

 ごまをハチミツで固めて丸薬にしたものを「巨勝子丸」と呼ぶ。つまり食用にされているゴマの乾燥したもの。虚弱体質や高齢者・病後・腸燥便秘に効く。詳しくわからないが、精力をつけ、万病に効く長寿の薬という説もある。別名を益壽丹という。

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●結納品問屋(万屋)

 店の中には、スルメ、昆布、二匹の鯛(双鯛)、鰹節、酒樽に白木の三方が見える。屋根には、「御結納へんきん(現金)安うり(安売り)室町万屋」の大きな看板。この看板には「結納屋」のシンボル、赤い双鯛の絵が見える。

 

 江戸時代になり、裕福な大店などの商家で結納や結婚式の儀式がおこなわれるようになった。庶民の間に結納の儀が普及するのは、明治時代以降である。

 結納の品には、この万屋(よろずや)の店にもあるように各種の縁起物がある。(地域によって一部異なるが、代表的なものを挙げる)

 

・長熨斗(ながのし):のしアワビ。元来はアワビをたたいて伸ばした(のした)もので、長寿をイメージし、おめでたい贈り物の象徴である。海産物の中でも最高級の品。

・勝男節(武士)(かつおぶし):鰹節。男性の力強さをイメージしている。実際に魚を贈ることもあった。

・寿留女(するめ):スルメ。末永く幸せを願うため。

・子生婦(こんぶ):昆布。子孫繁栄を表す。

・友白髪(ともしらが):白い麻繊維。白髪になるまで夫婦仲良くという謂れ。

・末広または寿恵廣(すえひろ):本来は男持ちの白扇と女持ちの金銀扇子の一対。省略されて白い扇子一本の場合もあった。末広がりの繁栄を願う。

・家内喜多留(やなぎだる):酒樽。(実際に樽酒を贈っていた)家内に喜びが多くとどまるという家庭円満をイメージ。(酒肴を振る舞う代わりに出すご祝儀金である)酒料の場合もある。

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春めいてきた《東京スカイツリー》

2月末に入場者数が500万人を超えた東京スカイツリー。本日は、暖かくお天気もよいため、午前11時過ぎに当日券は2時間待ちになった。平日なのに・・・と思う。

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 ところで316日~410日まで、「桜特別ライトアップ」をおこなうそうだ。ポスターは「スカツリーと、夜桜さんぽ」である。なんでもピンク色系の桜をイメージしたライトアップになるらしい。

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 スカイツリーに出かけるなら、土日は避けて平日がおすすめ、と経験的に思っていたが、やっぱりお天気次第である。当日券が込み合うのは、土日、金曜日がベスト3。月火水木が狙い目だったが、どうも気候が良くなってきたせいか、普通の日でもすんなり登れることは少ない。

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昭和のテレビ・ヒーロー《エイトマン》

昭和30年代、《エイトマン》は、アニメ・ヒーローだった。

いまでも主題歌は、口をついてくる。

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 光る海 光る大空 光る大地

行こう無限の 地平線

走れエイトマン タマよりも速く

叫べ 胸を張れ 鋼鉄の胸を

エイト エイト エイト エイト エイト

エイトマーン

 

《エイトマン》は、昭和38年(196311月から昭和39年(196412月までTBS系で放送されていた。

 

凶悪犯に射殺された刑事・東八郎(あずま はちろう)。東の人格や記憶が、科学者・谷方位博士によってスーパーロボットの電子頭脳に移植された。警視庁捜査一課にある7つの捜査班にも所属しない8番目の男が、「エイトマン」である。

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エイトマンのボディは、博士が海外から持ち込んだ戦闘用ロボット08号。ハイマンガンスチール製の身体、超音波も聞き取れる耳、通常の壁なら透視できる眼、最高3000km/hで走れる能力を持ち、ウラニウム(原子力)をエネルギーとする。

 

そしてエイトマンは、自分の電子頭脳のオーバーヒートを抑えるために、ベルトのバックルに入れた「タバコ型冷却剤」を定期的に服用しなければならなかった。時として服用ができず、危機に陥ることもあった。

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 やっぱり走るときの足がカッコよかった。部屋の中で、エイトマン走りをしてふすまにぶつかり、穴を開けて叱られた。

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《モンブラン》@吾妻橋店のフランス風ハンバーグ

 下町のハンバーグの名店《モンブラン》吾妻橋店のランチである。(東京都墨田区吾妻橋2-2-5吾妻橋アイカワ 1F)やっぱりハンバーグランチがうまい。

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 ハンバーグはソースによって、フランス・オランダ・イタリア・ロシア・メキシコ・和風(日本)の中からチョイスができる。920円。ライス、味噌汁、ポテトサラダ付だ。

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 フランス風は、定番「デミグラス・ソース」。マッシュルームに赤ワインの風味のソースで、これはうまい。そのほかにも、国際色豊かなハンバーグもそれぞれ味がある。

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《熈代勝覧》江戸時代、日本橋の店舗模様【その12】

◆室町一丁目

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●蒲鉾屋

大きく開いた店内では、三名の職人さんが「かまぼこ」作りに没頭している。やはり日本橋、河岸に近く新鮮な材料も手に入る。当時は冷蔵技術や保存料などはなかったから、すぐ売らなければならない。

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 材料はサメ類、スケソウダラ、タラ、イトヨリ、タラなど白身魚。白身の魚は高価であり、蒲鉾もご馳走だった。贈答品としても用いられ、おせち料理にも利用される。なお、かまぼこが商品として販売されるようになったのは江戸時代以降とされる。

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 いまでも日本橋にあるのが、元禄元年(1688)、日本橋で創業した神崎屋。現在は蒲鉾と半ぺんの名店「神茂(かんも)」(東京都中央区日本橋室町1-11-8)である。実に365年、江戸の味を伝えている。

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●下り雪踏・下り傘・小間物諸色問屋(嶋屋)

 黒塗りの土蔵造。店先の大きな日除けのれんには、商標があり「せつた 傘品々:の文字。上方の雪踏や傘を扱っていたようである。また「諸色問屋」とは米、油、綿を扱う問屋である。屋根から下がる看板には「仙方宗傅 痰妙薬」とある。痰(たん)の薬も扱っていたようだ。

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●薬種問屋(西村屋)

 屋根から下がる黒地に白字の看板には「粒甲丹」の看板。どうやら眠り薬、睡眠薬らしい。

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●小道具問屋・下り傘・下り雪踏・草履問屋(松田屋)

 黒塗り土蔵造の店舗。のれんには、「枩田(松田) まつた」とあるので松田屋。店の中には、馬の鞍(馬具)や弓、陣笠なども見える。

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 しかし、『江戸買物独案内』には、室町一丁目にこの店の商標である大きな四角に大、下に横棒のマークと同じ店がある。店名は「遠州屋圓蔵」で、下傘問屋である。

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●小道具問屋(高嶋屋)

 黒塗り土蔵造で隣の松田屋と同じ建物である。下げ看板は、「兜陣笠」の絵らしい。

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小道具問屋(伊勢屋)

 店内には、道具らしきものが見える。小道具問屋の並ぶ一帯でもある。

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●菓子屋(常陸屋)

 店の中で売っているのは、和菓子、餅菓子のようだ。大福もありそうである。

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《熈代勝覧》江戸時代、日本橋の店舗模様【その11】

 文化二年(1805)頃の日本橋絵巻《熈代勝覧(きだいしょうらん)》の世界である。

 

◆品川町通り

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●八百屋

店先には長ネギや大根、里イモだろうか、何種類か野菜が並ぶ。大通りに面する間口は狭いが、横丁の品川通り沿い側の奥行があるようだ。

 

 江戸時代には、野菜は「青物(あおもの)」と呼ばれていた。『守貞謾稿』(1853)には、瓜や茄子など一、二種だけを売り歩く者を江戸では「前菜売り(ぜんさいうり)」と呼び、数種を売る者を八百屋と呼ぶとある。(参考:松下幸子、『江戸食文化紀行』№55「江戸の野菜」)

 

 当時の野菜は、大根、かぶ、茄子、菜っぱ類が主であったようだ。江戸市中に出回っていた青物を季節ごとに並べてみると、つぎのようになる。

 

春)

正月:山の芋、うど、なずな、生椎茸

二月:蓮根、三つ葉、せり、木の芽、生姜、みょうが、春菊

三月:ふき、新ごぼう、わらび、あさつき、わけぎ、いんげん、筍(たけのこ)

 

夏)

四月:きゅうり、そらまめ、自然薯、糸三つ葉、初茄子、青ずいき

五月:茄子、白瓜、ささげ、いんげん豆、枇杷

六月:まくわ瓜、西瓜、桃、生姜、糸瓜(へちま)

 

秋)

七月:ずいき、なた豆、秋桃、唐唐子、冬瓜、長茄子、唐茄子

八月:枝豆、葉しょうが、秋茄子、しそ、初茸、松茸、梨、柿、葡萄

九月:大根、さつま芋、栗、美濃柿、八つ頭芋、しその実

 

冬)

十月:ねぎ、沢庵用干し大根、根せり、焼き芋

十一月:ほうれん草、切干大根、かんぴょう、かぶ菜、漬け菜

十二月:つくし、よめ菜、水菜、もやし三つ葉、紀州みかん

(『実見 江戸の暮らし』石川英輔、講談社文庫より)

 

 以上、季節が現代と若干ずれているのは、旧暦だからである。いまのように年中同じようにすべての野菜があるわけではなく、きっちりした旬があるのがわかる。それにしても、キャベツやじゃがいも、トマト、たまねぎもない。白菜もなかった。

 

 ちなみに「キャベツ」は、「紅夷菘(おらんだな)」と呼ばれ江戸時代に日本へ伝わったが、いまのような丸いキャベツの栽培は、明治時代。

 

「じゃがいも」は、江戸時代初期にオランダ船により長崎に渡来したが、明治時代後期に北海道で本格的に栽培されるようになった。

 

「トマト」も江戸時代に日本へ渡ったが、はじめは観賞用。食用としての栽培は、明治以降で、一般家庭に普及したのは、第二次世界大戦後である。

 

「たまねぎ」も江戸時代に長崎に伝わったが、本格的な栽培は明治以降である。

 

「白菜」が日本に渡来したのは、江戸末期。しかし球状で栽培されるようになったのは、大正時代から昭和のはじめ頃からである。

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●笠屋(万屋)

 店の中に笠が積まれているのが見える。

●(伊勢屋)

屋号の伊勢屋は読めるが、商売内容はわからない。店の戸をあけて女性が通りを眺めている様子。

●紙屋(屋号は不明)

店の中には、紙類が積まれているようだ。

●仕立屋(屋号は不明)

着物の仕立てであろう。

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春一番と《東京スカイツリー》

3月は春の嵐で幕開け。東京にも強い南風が吹き、やっと、関東で「春一番」だった。この強い風の影響で、東京スカイツリー(エレベーター)の営業が、午後から中止となった。当日券も10:45で中止になった。
風に弱いスカイツリーだが、「安全第一」だから仕方がない。

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 用事で11時頃、スカイツリー4階の入口を通ったら、お知らせがあった。
本日(3/1)は強風の影響により、安全を第一に考え、

東京スカイツリー展望台は13:00最終入場(15:00の最終退場)にて営業を中止いたしました。ご迷惑をおかけして申し訳ございません。

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いつもは行列の入場券待ちスペース。今日はガラガラ。

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2013.03.01
3/1(金)東京スカイツリー展望台の営業中止について
お客様各位
 
本日、3月1日(金)は、強風の影響により、安全を第一に考え、東京スカイツリー展望台(天望デッキ・天望回廊)の営業は、13:00最終入場・15:00最終退場にて終了いたしました。
また、明日、3月2日(土)についても、強風の予報が出ており、エレベーターの一時運行休止や、営業時間変更の可能性もございます。

皆様にご迷惑をおかけして申し訳ございません。お詫び申し上げます。

東京スカイツリーでは、今後も安全を第一に運営をおこなってまいります。

◆3/1の指定入場券の取り扱いについて
●個人のお客様
3/1にご入場いただけなかった場合は、30日以内(3/30まで)の振替入場が可能です。
※通常振替入場時は、当日券の列にお並びいただき入場までお時間がかかりますが、
3/1の振替については、お並びいただく事なく優先的にご案内いたしますので、現地スタッフに「3/1からの振替」である旨をお申し付けください。
30日以内でのご入場が難しい場合は、コールセンターまでお問い合わせください。

●団体のお客様
お取消料はいただかず、お取消をお受けします。
なお、団体のお客様については、申し訳ございませんが、入場時間や別日への振替入場は出来かねますのでご了承ください。詳しくは団体予約センターへお問い合わせください。

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